海外文学読書録

書評と感想

ヤア・ジャシ『奇跡の大地』(2016)

奇跡の大地

奇跡の大地

 

★★★★

18世紀のイギリス領ゴールドコースト。ファンティ族の娘エフィアはその美貌から、新しい首長と結婚することになっていた。ところが、母親の思惑でケープコースト城のイギリス人総督の現地妻になる。エフィアは父親の死の間際に出生の秘密を知ることに。彼女には生き別れの妹エシがいた。しかし、アシャンティ族のエシは奴隷船に乗せられてしまう……。物語はエフィアの子孫とエシの子孫を交互に描いていく。

「白人の神は白人とそっくりだ。白人は自分だけが唯一の人間だと思ってて、同じように、白人の神も自分だけが唯一の神だと思ってる。でも、ニャメ神とかチュクウ神を差し置いて神でいられる唯一の理由は、わたしたちが神にしてやってるからなんだ。わたしたちは白人の神と闘わない。白人の神に疑問をぶつけさえしない。白人は白人の神の道を説き、わたしたちはそれを受け入れた。でも、わたしたちのためになると教えられたものが、本当にためになったことが一度でもあるかい? 連中がおまえをアフリカの魔術師呼ばわりする。それがどうした? 連中に魔術師の何がわかるってんだい?」(pp.161-162)

焦点となる人物は合わせて14人。エフィアとエシの子孫、200年以上にわたる歴史を連作短編集のような形式で描いている。その野心的な意図に感心すると同時に、その壮大な時間軸に感動さえしてしまった。こういうタイプの歴史小説って、今までありそうで実はなかったような気がする。読んでいて『百年の孤独』【Amazon】を連想したけれど、冷静に考えると全然違うような気がするし。アフリカで生きるエフィアの子孫と、アメリカで生きるエシの子孫。それぞれがそれぞれの場所で、それぞれの時代を生きている。イギリスから独立しようというゴールドコーストと、奴隷制支配下にあるアメリカ、そこから時は進んで自由を獲得していく。アフリカとアメリカは繋がっているという当たり前の事実を目の前に突きつけられて、思わずはっとさせられた。教科書で学んだ歴史的事実としては知っていたのに、こうして物語として書き起こされてみると、何か別種の驚きがあるから不思議だ。フィクションの効用は、細部をでっちあげてテーマパークみたいに読者を疑似体験させることにあるのかもしれない。

キリスト教は「赦し」の文化。赦してくださいと祈りながら悪行を重ねる。赦しは事後的なものだから、その前にどんなに悪行を重ねても結果的には正当化される。最後にはどんな悪人でも天国に行けてしまう。これは随分とふざけた理屈だなと思った。自分たちの土地を植民地にされ、奴隷として売り飛ばされたアフリカ人からしたら、その罪業くらいはせめて背負ってくれと思うのではなかろうか。死んだら地獄へ落ちやがれ、みたいな。それが全部赦されてしまうのだから、キリスト教とは支配者にとって都合のいい宗教である。アフリカ人から見たキリスト教は手前勝手そのもので、こういう視点で宗教を捉えたのも個人的にはツボだった。

エフェイアとエシの末裔(どちらも7代目)が、自由になった世界で偶然出会うのって、現実で起きたら出来過ぎだと思ってしまうけど、フィクションだと素直にいい話だなと思う。火と水のイメージを絡めつつ、子々孫々にわたって黒い石を受け継いでいく。この辺はちょっとベタな感じがしたけれども、一方でこういう象徴はそれなりに効果的なわけで、終わってみれば充実した読後感が残った。ゴールドコーストが終盤でガーナという呼び名になっていたのは感動的である。長いスパンで見れば、世界は確実に良くなっているのだ。