海外文学読書録

書評と感想

ジェイムズ・ボールドウィン『もう一つの国』(1962)

もう一つの国 (集英社文庫)

もう一つの国 (集英社文庫)

 

★★★

マンハッタン。ハーレムでジャズバンドのドラムを叩く黒人ルーファスは、南部からやってきた白人レオナと肉体関係を結び同棲する。やがてルーファスはレオナを虐待、発狂した彼女は家族によって南部に連れ去られる。失意のルーファスは投身自殺をするのだった。その後、ルーファスの友人にして白人のヴィヴァルドは、ルーファスの妹アイダと恋仲になる。さらに、彼らの友人にして白人のキャスは、作家になった夫のリチャードと上手くいかなくなり……。

「たいした愛だな」と、リチャードは言った。

「リチャード」彼女は言った「あなたとあたしは、お互いに相手を傷つけあった――難度も何度もね。ときには意識しないでそうなったこともあるし、ときには意識してやったこともあった。あれは、お互いに相手を愛していたから――愛していればこそ――じゃなかったかしら?」(p.104)

黒人と白人が普通にカップルになっているところと、何人かの男性陣がバイセクシャルで男と寝ているところが衝撃的だった。60年代のニューヨークってこんなに進んでいたのか……。公民権法が制定されたのが1964年だから、公民権運動はまだ存在していたはずなのに、本作にはそういうのが欠片も出てこない。仲間内では白人と黒人が対等に付き合っており、人種絡みの災厄は外側からたまに来るくらいである。

まず黒人のルーファスと恋仲になる女が、人種差別が色濃く残る南部出身の白人レオナで、ここでは黒人が白人に対して加害者になっている。すなわち、ルーファスがレオナを虐待して発狂させている。最近は奴隷制度下のアメリカを舞台にした小説ばかり読んでいたので、この構図はなかなか新鮮だった。仮に南部でこんなことをしたら、ルーファスは近隣住民によって吊るされていたことだろう。

ルーファスが自殺した後は、白人のヴィヴァルドが黒人のアイダと付き合う。こちらはなかなか複雑な心理状態が展開していて、ヴィヴァルドは自分が黒人を愛しているのは軽蔑されないためではないかと悩んでいるし、アイダに至っては人種問題をこじらせ、白人への憎しみをヴィヴァルドにぶつけている(実はルーファスもレオナに同種の憎しみをぶつけていたのだった)。2人に重くのしかかっているのがルーファスの死で、これが終盤まで尾を引いてそれぞれを悩ませている。

エリックというゲイの俳優がフランスから帰国してからは、同性愛も重要なファクターになる。エリックはかつてルーファスに自分と関係するよう持ちかけていたが、すげなく断られた過去を持っている。ヴィヴァルドはエリックと寝ることで、自分の性的嗜好異性愛なのだと確認する。一方、エリックは人妻のキャスと寝ることで、自分は同性愛者なのだと自覚する。エリックにはフランスに残してきたイーヴという恋人の男がいて、彼がアメリカに来るのを待っていた。

というわけで、ここまで人種間の恋愛、同性間の恋愛が描かれた小説を読んだのは初めてのような気がする。しかも、60年代にこういう小説が書かれていたとは驚いた。結局のところ、我々は恋愛なりセックスなりを通して自分の知られざる一面を確認するわけで、その回路を通常よりも複雑にしたのが本作なのだろう。僕は本作を読んで、自分が保守的な人間であることを自覚した。人種間や同性間の恋愛に衝撃を受けているようではまだまだ駄目なのだと思う。すごい世界を垣間見てしまった、というのが率直な感想である。