海外文学読書録

書評と感想

フランソワ・ラブレー『パンタグリュエル』(1532)

★★★★

巨人王ガルガンチュアの息子パンタグリュエルは、長じてからパリへ留学する。そこで従者のパニュルジュが一騒動を起こした後、ディプソート人がアモロート人の国に侵入したとの知らせを受けてパリを出発する。パンタグリュエルは巨人ルーガルーと一騎打ちをし、これを打ち破るのだった。

おお、なんたる香りよ、なんたる発散物よ! 若い遊び女たちのヴェールに、うんちの臭いをつけるのに最高ではないか!(p.376)

物語の時系列としては『ガルガンチュア』の続編になるが、先に執筆・出版されたのは本作のほうである。

この巻はパニュルジュのトリックスターぶりが印象的だった。トルコ人に丸焼きにされそうになったエピソードは荒唐無稽で可笑しいし、イギリス人の大学者と身ぶり手ぶりで論戦するところはナンセンスの極みである(後者では卑猥なジェスチャーも混ざっていたような)。それと、パリの貴婦人に振られた腹いせにいたずらを仕掛けていたけれど、これは随分と理不尽じゃないかと思った。人妻に言い寄るほうが悪いと思うのは僕だけだろうか? それとも、当時のフランスも現代日本と同じく「不倫は文化」だったのだろうか? ともあれ、本作と『ガルガンチュア』の一番の違いは、パニュルジュがいるかいないかの違いであり、彼は当代の文学を代表するトリックスターとして僕の記憶に刻まれた。

多言語で話す人が出てくるエピソードも印象深い。彼はドイツ語、イタリア語、スコットランド語、バスク語オランダ語スペイン語ヘブライ語ギリシア語、ラテン語、そして架空の言語で話をするのだけど、そのすべてがちゃんとそれぞれの言語で書かれている。作者のラブレーはこれら複数の言語に通じていたのだろうか? Google翻訳のない当時にあって、これだけの言語を駆使して会話文を作るのはおそらく容易ではなく、その無駄に手間のかかった所業に何とも言えない感慨をおぼえた。さらに、訳注では架空の言語を解読したものが紹介されていて、あれをどうやって解読したのかとても気になる。

一番の見どころは、パンタグリュエルとルーガルーの大立ち回りだろう。それまで数章にわたってパニュルジュが活躍していたので、ここで真打ち登場といった感じである。パンタグリュエルはなかなかのアクションを見せていて、素早さのパンタグリュエルVS怪力のルーガルーといった対称の妙味が味わえる。それと、小便で大洪水を起こして敵を溺死させるのも健在だった。この独特の世界観はなかなか癖になる。