海外文学読書録

書評と感想

ミシェル・ウエルベック『服従』(2015)

★★★★

2022年。大学教授でユイスマンスの専門家であるフランソワは、愛人とセックスをする平穏な生活を送っていた。ところが、選挙でイスラーム同胞党が躍進したことで周囲が慌ただしくなる。その後、決選投票によってイスラーム政権が誕生するのだった。

「あなたはマッチョだ、って言ってもいいかしら」

「分からない、そうかもしれない、ぼくは多分いいかげんなマッチョなんだ。実際のところ、女性が投票できるとか、男性と同じ学問をし、同じ職業に就くことがそれほどいい考えだと心から思ったことはない。今はみんな慣れっこになってるけど、本当のところ、それっていい考えなのかな」(p.35)

ウエルベックらしい毒の効いた小説で面白かった。フランスでイスラームが政権をとるとしたらどのようなプロセスをたどり、政権をとった後はどのような社会改革をするのか? という思考実験がとてもスリリングで、どうなることかとわくわくしながら読んだ。フランス政治に疎い僕ですら面白く読んだのだから、フランス人が読んだらもっと面白いのだろう。

フランスでイスラームが政権をとるのって、日本だと共産党が政権をとるようなものと言えるだろうか。つまり、それくらい国民は当該政党に対してアレルギーを持っていて、政権をとったらドラスティックに社会が変わると予想されるということである(それも悪い方向に)。

本作の場合、まず街からミニスカートやホットパンツの女性がいなくなり、代わりにパンタロンを履いた女性が増えるという現象から始まって、遂には巧妙な政策で女性が労働市場から大量に脱落してまう。さらに、一夫多妻制が認められ、義務教育は小学校までで終わり、イスラーム教徒でないものは公職に就けなくなってしまう。政教分離という建前はなくなり、大っぴらにイスラームへの改宗が勧められるようになる。これは先進国に住んでいる者からしたら「退行」としか言えないし、もし自分がこの環境にいたらと思うとぞっとしてしまうけれど、本作の主人公であるフランソワはちゃっかり順応していて、ああこれはマッチョにとっては理想的な環境なんだなあと思う。冒頭に引用した会話文とイスラームの教えが見事に共鳴している。

オチは予想通りというか、フランソワが改宗者のユイスマンスを専門にしている時点で、この結末は必然だったのかもしれない。ウエルベックのちょっぴりやんちゃな作風は、どこか村上龍に通じるところがあって興味深い。