海外文学読書録

書評と感想

閻連科『年月日』(1997)

★★★★

日照り続きの農村。村人たちがこぞって村を離れるなか、72歳の先じいだけが盲犬と共に村に残った。理由は、畑にトウモロコシが一本顔を出していたからである。食糧も水も乏しいなか、先じいはトウモロコシを育てるサバイバル生活を営む。

先じいはうっすらと赤みがかったトウモロコシの頭を見やり、あと何日で穂を出したあと何日で実がつくか数えてみようとした。すると突然、もう何日も今日がいつかなどと考えていなかったことに気がついた。今が何月何日かも覚えていなかった。先じいは、昼、夜、朝、黄昏、月の入り、日の出の時間以外、日付などはすべて失っていたのだ。(p.57)

単行本で読んだ。引用もそこから。

読み始めはこのシチュエーションで面白くなるのか疑問に思っていた。しかし、読んでいくと先じいのたくましさや、トウモロコシのために体を張る様子などが光っている。これがなかなか面白かった。生きるか死ぬかの極限状態に置かれているのに、あまりじめじめしていないところがいい。ネズミとの格闘があったり、オオカミとの対峙があったり、さらには種(食べ物にする)を見つけるべく畑を掘り返したり、盲犬と友情を育んだり……。『ロビンソン・クルーソー』【Amazon】とはまったく別次元の乾いた生活には、どこか神話じみたところがあって、サバイバルに全力を尽くす先じいの生き様は、神話時代の英雄を想起させる。

オオカミと遭遇したときに天秤棒を構えて一歩も引かなかったところが格好いい。あと、ネズミの群れとか、オオカミの群れとか、動物が徒党をなす部分に言い知れぬ魅力を感じる。日本に住んでいるとネズミはなかなか見る機会がないので(オオカミもだけど)、その生態を描写しているところが興味深かった。

取るに足らない人民に英雄性が宿り、その生活が神話にまで昇華される。昔は英雄と言ったら身分の高い人間だった。多くは武将だったり軍師だったりした。それが本作では一介の農民にまで下がってきたわけで、現代とは名もなき人間の時代なのだろう。やはり人間社会は少しずつ良くなっている。特に封建制が崩壊し、庶民に自由がもたらされたのが大きい。資本主義も共産主義も欠陥だらけだけど、それでも昔よりは遥かに生きやすいのだから恵まれている。我々は未だかつてない幸福な時代に生まれついているわけで、その幸運を言祝ぎたい。

本作がとても良かったので閻連科はこの先も追っていこうと思う。