海外文学読書録

書評と感想

ピエール・ルメートル『その女アレックス』(2011)

★★★★

看護師のアレックスが大男に誘拐され監禁される。彼の動機は不明だった。アレックスは隙を見て脱出を試みる。一方、カミーユ・ヴェルーヴェン警部が捜査に乗り出すと、間もなく意外な事実が明らかになった。

「まあ、真実、真実と言ったところで……これが真実だとかそうでないとか、いったい誰が明言できるものやら! われわれにとって大事なのは、警部、真実ではなく正義ですよ。そうでしょう?」(p.449)

同じ作者の『天国でまた会おう』がつまらなかったのであまり乗り気ではなかった。しかし、世評が高いので読んでみたら確かに面白かった。

物語は三部構成で、アレックスという女を巡ってそれぞれ違った肖像が現れる。はじめは誘拐ものかと思って読んでいると、その次はシリアルキラーものになっているし、なかなか一筋縄ではいかない。本作は人間の謎が中心になっていて、アレックスは何者か? という興味でぐいぐい読ませる。さらに、各部ごとに違った味わいがあって、そこも読みどころのひとつになっている。一粒で三度おいしい小説と言えよう。

探偵小説はたいてい秩序の回復を目的にしているけど、本作において警察は無力だ(少なくとも途中までは)。彼らはアレックスを助けることはできないし、殺人を止めることもできない。それでも本作を読んで溜飲が下がるのは、ラストで正義が果たされるからだろう。真実ではなく正義。こういう捻った構成の小説は久しぶりに読んだので満足度が高かった。

ちなみに、本作は三部作(カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ)の第二作らしい。第一作は『悲しみのイレーヌ』、第三作は『傷だらけのカミーユ』。順番通り読むべきだったと少し後悔している。