海外文学読書録

書評と感想

ポール・オースター『闇の中の男』(2008)

★★★

(1) 書評家の老人は、娘と孫娘の3人暮らし。そんな彼が頭のなかで物語をこしらえる。(2) 老人が作った物語。手品師のブリックは、内戦中のアメリカに兵士として放り込まれる。そこは9.11もイラク戦争も経験していない別世界だった。戦争を終わらせるには、作者を殺さないといけない……。

じゃあ物語だってことですか。その男が物語を書いていて、俺たちみんなその物語の一部だと。(p.13)

てっきり老人の作った虚構が現実に侵食してくる話だと思っていたら、件の物語は途中であっけなく終わってしまった。では、本作はいったい何を目的にした話なのだろう? と疑問に感じながら読んでいくと、そこには思いもよらぬテーマが……。途中から老人と亡き妻の過去に話が及び、終盤に入って核心であるイラク戦争にたどり着く。老人が奇妙な物語をこしらえた背景にはこういうことがあったのか、と腑に落ちた。

ジョージ・W・ブッシュが名指しで出てきたのには驚いた。本作は翻訳が2014年なのであまり実感がわかないけれど、イラク戦争の理不尽な状況に対する怒りが根底にあることが見て取れる。そして、戦争の悲劇をアメリカ文学お得意の家族の物語に落とし込み、そこから再生の物語にまで昇華している。本作を読んで、ポール・オースターの意外な側面を見たような気がした。

あと、ポール・オースターってカバー写真のせいで若いイメージがあるけれど、本作を発表した2008年時点で61歳になっているのだった。主人公の老人は72歳だから一回り歳が違うものの、それでも作者のオルターエゴという印象はひしひしと感じる。ポール・オースターももう老境の作家になってしまったのだ。