海外文学読書録

書評と感想

フィリップ・ロス『プロット・アゲンスト・アメリカ』(2004)

★★★

1940年。チャールズ・リンドバーグ共和党から大統領選に出馬し、民主党のフランクリン・ローズヴェルトを破って大統領に就任する。リンドバーグは第二次大戦への参戦に否定的で、なおかつナチス・ドイツと友好関係にあった。ユダヤ人少年フィリップの父親は、そんな彼に憤りを感じている。

「カナダは唯一の解決策よ」と母はすがるように言った。「俺は逃げたりしない! ここは俺たちの国だ!」と父がどなると、みんな思わずハッとした。「違うわ」と母は悲しそうに言った。「もうそうじゃないわ。ここはリンドバーグの国よ。ユダヤ人以外の人たちの国よ。あの連中の国なのよ」(pp.307-308)

『高い城の男』【Amazon】や『黒い時計の旅』【Amazon】といった歴史改変ものが好きなので、本作の世界設定にもわくわくしたのだけど、読んでみたら想像していたものとはだいぶ違っていた。

これはつまり、「ユダヤ人はアメリカでもマイノリティである」ということがこれでもかと描かれていたのだ。本作は主に2つのレイヤーで成り立っていて、ひとつはリンドバーグが大統領になった政治世界、もうひとつはそんな世界で暮らすユダヤ人家族を少年の目から眺めている。そして、作品としては後者に比重が置かれていた。アメリカ文学お得意の家族小説を軸に、ファシズムが色濃くなっていく社会を写し取ろうとしている。ナチス・ドイツみたいに公然と虐殺されるわけではないものの、国家の名のもとにゆるやかな迫害が行われるようになり、その賛否を巡ってユダヤ人社会も分裂する。具体的には、リンドバーグ派と反リンドバーグ派に分かれるようになる。

終盤のカタストロフは意外で、作者はいったい何がしたかったのか一瞬疑問に思った。けれども、これはこれで社会に混沌がもたらされていて、まあ、ありと言えばありかなあという感じだ。ただ、全体としては家族が主題なので、歴史改変ものの醍醐味は十分に味わえなかったと思う。正直、読んでいてちょっと退屈だった。

本作に対する評価が低いのは、アメリカ文学によくある家族小説に食傷していたからかもしれない。文学的なテーマを扱うのに便利なせいか、近年、量産の度が過ぎるのだ。アメリカの作家はやたらと家族小説を書きたがる。どうせならもう少し型破りな小説が読みたかった。

追記。本作は2020年にHBOによってドラマ化された。全6話のリミテッド・シリーズである。