海外文学読書録

書評と感想

劉震雲『わたしは潘金蓮じゃない』(2012)

★★★

29歳の子持ち女性・李雪蓮が、裁判員の元を訪れ、偽装離婚していた元夫の秦玉河を訴えたいと申し出る。既に長男のいた李雪蓮は、一人っ子政策に反して2人目を産むべく秦玉河と離婚したが、秦玉河はそれをいいことに別の女性と結婚したのだった。

「俺と結婚した時、おまえは処女だったか? 新婚の晩、おまえだって人と寝たことがあると認めたじゃないか」

さらにこう言い放った。

「おまえの名は李雪蓮じゃなくて、潘金蓮じゃないのか」(p.77)

タイトルの潘金蓮については『金瓶梅』の項を参照のこと。ひとことで言えば、夫を毒殺して愛人のもとへ走った悪女である。主人公の李雪蓮は元夫から潘金蓮呼ばわりされるのだけど、彼女本人はそれは違うと否定している。

本作は権力者たちを風刺した内容になっていて、李雪蓮という一人の農村女性のために、役人たちが慌てふためく様子が可笑しい。まずは県の裁判員を振り出しに、県の裁判所長、県長、市長、省長と訴訟を持っていく場所がエスカレートし、遂には全人代が行われている北京に乗り込む。ゴマがスイカに、アリがゾウに、ローカルな揉め事が大きくなるという次第。そして、北京で色々あって指導者による驚きの決定が下されるのだけど、それにしても、みんなが保身に汲々として、下々を愚民呼ばわりして見下しているのは、王朝時代から続く典型的な中国の役人という感じだった。この辺は日本とはだいぶ違う。日本の公務員って親方日の丸のサラリーマンだけど、中国の場合はもう少し前時代的な権力者みたいで、どちらかというと政治家に近い。いずれにせよ、こういう役人たちがとにかく困り果てるのだから、中国の読者は胸がすっとすることだろう。これは偏見だけど、中国の庶民って普段から役人に抑圧されてそうだし。

偏見と言えば、意外にも中国は人治ではなく法治の国のようで、李雪蓮を力づくで抑え込むことができないのに驚いた。やることと言ったら、せいぜい全人代の時期に家の外に見張りを立てることくらい。ノーベル平和賞劉暁波とは違って、何かの罪を着せられて投獄されるようなことはなかった。正直、中国って危険分子を予防拘禁するくらいのことは平気でするものだと思ってたよ。日本の転び公妨みたいなのもなかったし。どうも僕には中国で「悪」とされる基準がよく分からない。たとえば、最近ではBL作家が懲役10年の刑を言い渡されていたけれど、これなんかはまったく理解の範囲外である。同性愛を創作で表現することの何が悪いのか? 政権を脅かすようなことなのだろうか? こういうことがあるから安心して中国旅行ができないのだ。何が原因で逮捕されるか分からないから。近くて遠い国、それが中国だと僕は思っている。

なお、話の発端になった一人っ子政策については『蛙鳴』の項を参照のこと。これもなかなかきつい政策のようである。