海外文学読書録

書評と感想

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(2016)

★★★★

2015年秋。33歳のキム・ジヨンは3年前に結婚し、昨年、女の子を出産していた。夫は3歳年上で中堅のIT企業に勤めている。キム・ジヨンは1人で子育てをしていたが、あるとき、解離性障害のような症状が現れる。物語はキム・ジヨンの生い立ちから現在までを追うのだった。

「あのコーヒー、一五〇〇ウォンだよ。あの人たちも同じコーヒー飲んでたんだから、いくらだか知ってるはずよ。私は一五〇〇ウォンのコーヒー一杯も飲む資格がないの? ううん、一五〇〇ウォンじゃなくたって、一五〇〇万ウォンだって同じだよね、私の夫が稼いだお金で私が何を買おうと、そんなのうちの問題でしょ。私があなたのお金を盗んだわけでもないのに。死ぬほど痛い思いをして赤ちゃんを産んで、私の生活も、仕事も、夢も捨てて、自分の人生や私自身のことはほったらかして子どもを育ててるのに、虫だって。害虫なんだって。私、どうすればいい?」(p.159)

女性として生きるのはすごく大変なのだなあ、というのが率直な感想。韓国って女性の大統領が選出されるくらいだから、日本よりも男女平等が進んでいるのかと思っていたけれど、本作を読む限りそうではないみたい。日本とそんなに変わらないか、あるいはそれ以下かも(男性の僕にはよく分からない)。特にキム・ジヨンの母親世代の話が強烈で、子供の頃はお金を稼いで兄たちを学校に行かせなければならなかった、そして、母親になってからはお金を稼いで子供たちを学校に行かせなければならなかったとあって、こんな自己犠牲を払って生きるのはしんどすぎると思った。

キム・ジヨンの代になっても生きづらさはつきまとっていて、母親世代ほどではないにしても、相変わらず女性というだけで自己犠牲を強いられている。特にキャリア志向の女性にとっては、進学やら就職やら出産やらといった人生の節目で、そういう理不尽に直面するようだ。それと、男性が女性の気持ちを踏みにじる場面がちょくちょくあって、読んでいて身につまされるところがあった。僕もけっこう無神経な性格をしているので、これからは気をつけようと思う。

ところで、僕は仕事をするのが嫌で嫌で仕方がなくて、専業主夫になりたいという願望を強く持っている。すべてのキャリアを投げ捨てて、本を読んだりアニメを見たり、家で好き勝手して暮らしたいと思っている。だから専業主婦を羨望の眼差しで見ているし、その境遇に嫉妬さえしている。現状、男性が女性に養ってもらうのは反社会的だとされているからね。しかも、今の日本は人手不足だから、政府は猫も杓子も働かせようと躍起になっている。そういう状況のなか渋々仕事をしているので、ひょっとしたら嫉妬に根ざした無意識のミソジニーが自分のなかにあるかもしれない。普段は表には出さないけれども、何かのきっかけでそれが態度に出ているかもしれない。しかし、女性は女性で生きづらさを抱えている。その事実は頑然としてあるわけで、自分の贅沢な悩みを他人にぶつけるのは絶対にしまいと思った。

本作は年代記っぽい構成のせいか、その時々の韓国の世情が分かりやすい形で反映されている。だから、韓国について知りたいのだったら必読だろう。個人的には、90年代にあったIMF危機のくだりが興味深かった。