海外文学読書録

書評と感想

マリオ・バルガス=リョサ『悪い娘の悪戯』(2006)

★★★★★

1950年。ペルーのリマで暮らす少年リカルド・ソモクルシオは、チリから引っ越してきたリリーとルーシーの姉妹と知り合いになる。リリーと事実上の恋人関係になったリカルドだったが、ある出来事がきっかけで離ればなれになる。10年後、パリで就職活動をしていたリカルドは、リリーと意外な形で再会するのだった。

「愛してる」軽く耳たぶを噛みながら、ささやきかける。「これまでになくきれいだよ、ペルー娘さん。どうしようもなく君が好きだ。君が欲しくてたまらない。この四年間、君を求め、愛することばかり夢見てきた。その一方で君を恨んでもきたよ。昼となく夜となく、来る日も来る日もね」(p.134)

40年にわたる大恋愛を、その時々のペルーの政情や、ヨーロッパ文化の変遷を背景に描いている。とにかく通俗性が高くて面白かった。読む前は「恋愛小説っていまいち気乗りしないな」と思っていたけれど、いざ読んでみると牽引力が抜群で、読後は「いい小説を読んだなあ」と満足感に浸った。

あらすじに書いたリリーというのは偽名で、後にリカルドからニーニャ・マラと呼ばれることになる。この女がまたたちの悪い女で、リカルドを何度も裏切っては長年にわたって翻弄し続けている。リカルドはニーニャ・マラのことが好きで好きでたまらない。でも、ニーニャ・マラは彼の求愛を断り、あるときはチリ嬢リリー、あるときは同士アルレッテ、あるときはアルヌー夫人と立場を変えている。彼女にとって幸せとはお金であり、リカルドが思っているようなロマンティックな代物ではないのだ。確かにまあ、これはこれで一定の支持を得そうな見解ではある。日本でも都内の女子大生が東大に来て男漁りをしているけれど、その目的は将来の金持ちと結婚したいからであり、それを示すかのように「ヤレる女子大学生ランキング」なるものを雑誌*1が特集していた(そして、すぐさま炎上した)。男の価値は金。言葉にすると身も蓋もないけれども、実際そう思っている人がいるのも事実なので、なかなかつらいところである。

個人的にツボだったのが、日本を舞台にした第四章だ。リカルドはひょんなことから都内のラブホテルに入るのだけど、作者はそこの特徴を一通り描写したあと、「室内に足を踏み入れた瞬間、実験室か宇宙ステーションにでもいるような感覚に陥った」と書いている。僕も初めてラブホテルに入ったときはその異空間ぶりに衝撃を受けたので、リカルドに対して「同志よ……」と心のなかで声をかけた。それと、この章ではフクダという謎めいた人物が出てくるのだけど、彼がまた色々な意味でやばい奴で、外国人から見た日本のアウトローはこういう感じなのかと得心したのだった。この第四章は、とりわけ日本人にとって興味深い章と言える。

ニーニャ・マラは籠のなかで飼いならせるような鳥ではなく、歳を重ねた終盤になっても一波乱を起こしている。この小説、終わってみれば「いい話だったなあ」と思うのだけど、しかしこういう離れたりくっついたりの大恋愛は他人事だからいいのであって、もし自分が同じ状況に置かれたら途方に暮れるしかないだろう。一人の女に翻弄され続けているうちに還暦近くまで来ている……。人生って何なのだろうなあ。やはり平凡が一番だよ。フィクションはフィクションとして楽しみつつ、ふと自分の人生を顧みたのだった。

*1:「週刊SPA!」2018年12月25日号。Amazonではなぜかこの号だけ売ってない。