海外文学読書録

書評と感想

ナオミ・オルダーマン『パワー』(2016)

パワー

★★

突如、世界各地で少女たちが手から雷霆を放つことが出来るようになった。アメリカに住むアリ―もその一人で、彼女は「声」の言われるがまま、「その時」に向かって行動する。イヴと名乗ったアリ―はキリスト教を女性原理で再解釈し、その指導者になるのだった。一方、中東ではサウジアラビアが女性たちの反乱で崩壊する。

男が女を支配するのは、イエスが教会を支配するようなものだと言われてきた。けれどもわたしに言わせれば、女が男を支配するのは、慈しみと愛をもってマリアが幼子イエスを導くようなものなの。(p.108)

男女のパワーが逆転するフェミニスト文学。これまで男性が女性を支配していたのは肉体的に強かったからだが、もし女性が特殊能力を身に着けて男性より強くなったら世界はどうなるのか。その様子をディストピアSF風に描いたのが本作で、批評性の高い内容だった。本作で特筆すべきは視点がアメリカだけで終わっていないところだろう。サウジアラビアやモルドヴァといった女性が抑圧されている地域に目を向けており、それらが物語上で重要な役割を果たしている。最初は『新しきイヴの受難』みたいに一国で完結するものだと思っていたので、この展開はなかなか意外だった。今はYouTubeで動画が世界中の人たちに閲覧され、価値観がフラット化しつつある。国境を超えて人々が繋がるグローバル社会なのだということを実感する。

女性が男性に対してどういう恐怖を感じているのか。そのことをパワーの逆転によって知らしめたことには意義がある。終盤ではモルドヴァが男性を迫害するような法律を施行していて、まるでサウジアラビアの男女逆転版のようだった。ただ、本作が小説として面白いかと言ったらかなり微妙で、最初の300ページまではひたすら退屈、ラスト100ページもいまいち興味の持てない内容で、前述した批評性以外に見るべきところはないと思う。何より笙野頼子やアンジェラ・カーターみたいなすごみがないところが致命的だ。センセーショナルではあるが上質の文学とは言えない。色々な意味で力不足の小説だった。

能力に目覚めた者がそうでない者を容赦なく支配する。その残虐性と悲哀を上手く描いたのが、貴志祐介の『新世界より』【Amazon】である。こちらはジェンダー要素は皆無だが、少なくともエンターテイメントとしての面白さがあった。何より読者の心を動かす衝撃が備わっている。思うに、アイデアを活かすことに関しては欧米よりも日本の作家のほうに分があるのではないか。僕は海外文学を主体に読んでいるが、期せずして日本文学に思いを馳せることになった。この題材を日本の中堅作家が料理したらどうなったことだろう? ジョン・アーヴィングが言うように、小説は面白くてなんぼである。この題材だったら日本の作家が料理したほうが絶対に面白い。