海外文学読書録

書評と感想

ジョイス・キャロル・オーツ『ジャック・オブ・スペード』(2015)

★★★

売れっ子ミステリ作家のアンドリュー・J・ラッシュは、ジャック・オブ・スペードという別の名義を使ってノワール小説を発表していた。ジャック・オブ・スペードは覆面作家であり、その正体を巡って様々な憶測が飛び交っている。ある日、アンドリューは気の狂った老女から盗作の濡れ衣を着せられて告発される。

悪を打ち倒すには、悪が巣くうものを打ち倒す、たとえそれが自分自身であろうと。(p.236)

本作は明らかにスティーヴン・キングのオマージュなのだけど、個人的な印象としてはパトリシア・ハイスミス風のニューロティック・スリラーといった感じだった。神経症的なアンドリューに対して、別人格であるジャック・オブ・スペードが悪魔のように囁きかけ、とにかく余計な行動をさせる。せっかく告発を免れて一件落着したのに、なぜか老女の家に行って本を盗むとか馬鹿じゃねーのと思ったし、その後は盗んだ本を返しにこっそり不法侵入していて、こいつ救いようがねーなと思った。こういう登場人物の愚行によって読者をハラハラさせるのって、ニューロティック・スリラーの定番のような気がする。それと、アンドリューが別人格の声に従って老女を殺すのではないかと早い段階で危惧していたけれど、そこはまあ、なるべくしてなるような結果になっている。

アンドリューを告発した老女は、過去にスティーヴン・キングジョン・アップダイクのことも盗作で訴えていた。これだけ見ると妄想に取り憑かれた精神異常者という感じだけど、アンドリューが老女の家を訪問することで、その見方が覆されるところが何とも皮肉だった。というのも、老女は『シャイニング』【Amazon】が世に出る数年前に同じ着想の小説を書いていたし、それは『ダーク・ハーフ』【Amazon】についても同様だった。さらに、ジョン・アップダイクやピーター・ストラウブの小説についても、先行する着想の小説を書いている。この事実をどう捉えるべきだろう? さすがにキングやアップダイクやストラウブが盗作したとは考えづらい。だとすると、これは偶然であり、自分の思いついたアイデアはたいてい誰かが思いついている、そういう一般論で片付く話と解釈すべきなのだろう。老女はある種の天才だったのかもしれない。実のところ、この件については最後まで謎のまま終わっており、喉に引っ掛かった魚の小骨のように居心地が悪かった。

本作は取り立てて優れたところはないけれど、スティーヴン・キングを絡めた作家の内幕ネタが地味に面白いので、箸休み的な読書にちょうどいいかもしれない。たとえば終盤、アンドリューがスティーヴン・キングにメッセージ付きで本を送って、それに対して意外な返信が来たのは可笑しかった。