海外文学読書録

書評と感想

莫言『蛙鳴』(2009)

蛙鳴(あめい)

蛙鳴(あめい)

 

★★★★★

2002年。高密県東北郷。劇作家のオタマジャクシこと万足が、日本の作家に手紙を書く。彼は伯母を題材に演劇を書こうとしていた。万足の伯母は若い頃から産婦人科医として村の赤ん坊を取り上げてきており、1960年には戦闘機のパイロットと結婚するという噂が立った。ところが、そのパイロットは飛行機で台湾に亡命してしまう。やがて文化大革命が勃発、伯母は同僚の誣告によって吊るし上げられる。その後、伯母は農村の計画出産を指導するが……。

軍の党指導者から至急電報を示されました。妻の王仁美が第二児を孕んだというのです。指導者は厳しく申し渡しました。きみは党員で、幹部だぞ。一人っ子証明を受領し、毎月一人っ子手当を受領しておきながら、なぜ妻に第二児を孕ませたりしたのかね? わしは呆然としてなすすべありません。指導者は命じました。ただちに帰宅し、断乎流せ!(p.160)

一人っ子政策を題材にした小説だけど、半世紀に及ぶ歴史を射程に収めつつ、中国農村部のディープな人間模様を描いていて迫力があった。やはりアジアナンバーワンの作家は莫言かな。ちなみに、万足が手紙を送っている相手は大江健三郎がモデルで、作中では彼が困難な子供を育てたことについてちらっと触れている。大江健三郎は『暴力に逆らって書く』【Amazon】のなかで、ギュンター・グラスマリオ・バルガス=リョサスーザン・ソンタグといった一流どころと書簡を交わしていて、その人脈の広さはさすがノーベル賞作家という感じがする。

計画出産の恐ろしいところは、2人目を孕んだら基本的には問答無用で堕胎に及ぶところだろう。といっても農民の場合、第一子が女の場合は第二子も産めるので、彼らは3人目を孕んだら堕胎である。男にはパイプカット、女には避妊リングと、ある程度は妊娠抑制の手段がとられるとはいえ、それらを振り切ってでも「子供が欲しい!」と願って妊娠するところは実にたくましい。そして、あくまで計画出産を遵守しようと堕胎を遂行する体制側と、それを逃れようとする妊婦との争いは壮絶で、その顛末はなかなか悲しいものがある。国のために出産がコントロールされるとは何て酷いことだと義憤を覚える反面、しかし人口を抑制しなければ子供が食べたり着たり学んだりできなくなるから複雑だ。無軌道に子供を出産したとして、彼ら全員を食わせていくだけの力が国家にはない。これを敷衍すれば、地球の人口問題にまで及ぶわけで、計画出産とは必要悪ではないかと思える。作中の言葉を借りれば、「小さな非人道で大きな人道に取って代わらせる」ということだ。

ただ一方で、年配の世代は「女は子供を産むために生まれてくる」「女子の地位は子供を産むことででき、女子の尊厳も子供を産むことでできる」「子供を産まぬことは女子のいちばん大きな苦痛」と考えていて、こういうのを目にすると、産みたい人には産ませたらいいのではないかという気持ちに傾く。現代の日本人から見たらPCに反する考えではあるけれど、そこはそれ、この小説は中国が舞台なので。人口問題という大義をとるか、自由という別の大義をとるか。ここまで来るともはや哲学の領域に入っていて答えが出ない。

話が21世紀に移ると計画出産も形骸化しており、金持ちは罰金を払えば何人でも産めるし、子供が欲しい人のために代理出産サービスまで出来ている。この辺の強かさはいかにも中国といった感じで苦笑してしまう。結局、現実世界の一人っ子政策は、少子高齢化のため2014年に緩和されたけれど、にもかかわらず出生率が大して上がってないところが皮肉である。中国も経済が発展して日本みたいな価値観になったということなのだろう。今後、この国がどうなっていくのか気になるところである。

タイトルにもなっている「蛙」は子供の隠喩で、伯母はこれのことを卒倒するほど苦手にしている。産婦人科医の伯母はたくさんの赤ん坊を取り上げてきた反面、計画出産に従ってたくさんの胎児を殺してきた。蛙が苦手なんて実に辛辣な設定だと思う。