海外文学読書録

書評と感想

ジェイムズ・ハドリー・チェイス『悪女イヴ』(1945)

★★★

肉体労働者だったクライヴは、親しくしていた作家から死に際に戯曲の原稿を渡され、それを自分の作品だと偽って世に発表する。戯曲が当たって有名作家になったクライヴは、誠実な女キャロルを恋人にし、ニューヨークからハリウッドに進出することに。ところが、もともと大した実力がないので仕事が行き詰まる。そんなとき娼婦のイヴと出会い、破滅への道を突き進むのだった。

「浮気女には貞淑な女が持っていない特質があります」わたしはゆっくりと言った。「この特質は――必ずしも善いものとは限りませんが――男性の原始的な本能に訴えるものがあります。本能を抑制することにかけては男性は女性に一歩譲ります。女性がより強い抑制力を持つかぎり男性は浮気女を追いかけるでしょう。これと同じく男というものは浮気女を長くは求めません。今日は男の頭にあっても、明日はもう消えてしまうのです」(p.82)

ファム・ファタールもの。作品自体が語り手の創作であるという枠組みや、他人の原稿を盗んで自作として発表するという発端、さらに「運命の女」に惚れて破滅するという筋書きなど、クリシェの組み合わせがたまらなかった。著者はイギリスの作家なのに、アメリカのパルプ小説みたいなものを書いたのがすごい。高級な作品には高級な作品の面白さがあり、パルプ小説にはパルプ小説の面白さがある。学生時代はよくこういう小説を読んでいたので懐かしい気分になった。

クライヴがイヴとの関わりを題材にして書いたのが本作で、つまりこれはクライヴの自伝的小説という体裁になっている。クライヴは名声と実力にギャップがあることに悩んでいた。仮に本作が面白いのだったら、それは彼に実力があるということになる(この構図は皮肉だ)。実際、クライヴはそこそこ小説が書けるようで、盗んだ戯曲で名声を博した後、2作ほど小説をヒットさせている。ただ、彼は戯曲がからっきし書けない。映画の脚本も書けないし、小説の才能も枯れ果てている。かつて大ヒットした戯曲の版権料ももはや雀の涙で、崖っぷちまで追い詰められている。

本作には色々な見所があるが、一番は愛をめぐる物語であるところだ。貞淑な恋人のいるクライヴが、なぜ娼婦のイヴを欲しがるのかという謎。イヴは30代の年増であり、顔立ちも美人ではない。性格もじゃじゃ馬で浮気性だ。にもかかわらず、クライヴは彼女に惚れてしまう。客観的に見たらキャロルのほうがいい女なのに、最終的にはイヴを選んでしまう。恋愛感情とは衝動的なもので、なぜ惚れたか分析するのは難しい。クライヴもその辺はよく分かってないみたいだ。男が女に惚れるのって、性格や顔や財産など他にもたくさんの要素があるが、一番は「こいつとセックスしたい」という強い欲望だろう。つまり、性欲だ。しかし、クライヴにはそういう欲望もなかったようで、ただ衝動的にイヴに惹かれている。

人間には手に入りにくいものを手に入れたがるという心理があり、クライヴが最終的にイヴを選んだのもそのせいのようだ。これは我々が普段行っている恋の駆け引きに通じるものがある。自分に近づいてくる相手よりも、遠ざかっていく相手に惹かれる心理。本作はパルプ小説でありながらも、愛という捉えどころのない感情を扱っているので、恋愛小説が好きな人にお勧めできる。娼婦に溺れる男を描いた作品って、普通の恋愛小説にはたぶんない。読めば新鮮に感じるだろう。