海外文学読書録

書評と感想

エイモス・チュツオーラ『甲羅男にカブト虫女』(1990)

★★★★

短編集。「甲羅男カメのものがたり」、「カメの女房、ヤンリボのものがたり」、「村のまじない医」、「アジャオと跳ねる骨」、「悪をもって、悪に報いるなかれ」、「アカンケとやっかみ質屋」、「あさって忘るなかれ」、「裏切りアデ」、「きかん気息子レレ」、「子ガモになった兄弟と、わからず屋の妹」、「畑長者と奇妙な男」、「がめつきカメとオリシャ-オコ」の12編。

アジャパは涙ながらにすがりつく。

「今日この日より、わたくしはあなたの奴僕でございます! どうか、どうか、おゆるしを!」

王は答えて、

「カメ、その異名をアブラフム、郷の土より生まれた息子よ。おまえは里の人々を裏切り、仇にくみした。その罪ゆえに、いまこそ罰を受けよ!」

王は神々の方にむき、いくども怒号をあげた。

「この地の神々よ、わが祖先の霊よ、このカメを麗しき男から甲羅男に変え、今日より甲羅を衣とし、森のなかを這いまわらせ賜え!」

恐ろしや、驚いたことに、王が呪いをかけたとたん、カメはみるみる小さくなり、甲羅を背負った生き物に変わった。(p.18)

アフリカ版『グリム童話』【Amazon】といった感じだった。民間伝承を元にしているのは相変わらずだけど、デビュー作の『やし酒飲み』より遥かに筋が通っていて読みやすい。これは著者の技量が上がったせいなのか、それとも短編だからなのか。いずれにせよ、『やし酒飲み』のような継ぎ接ぎ感がなく、びっくりするくらい洗練されている。エイモス・チュツオーラの入門書にちょうどいいんじゃないかと思った。

個人的にこの著者の小説は、文学的というよりは、文化人類学的な尺度で評価してしまう。アフリカにこんな物語があったのかよ、みたいな驚き。本書の場合、どれも西洋の童話と大差がなくて、こういうのは世界共通なのかと思ってしまう。このブログで取り上げた本だと、『ギルガメシュ叙事詩』を読んだときのような感動をおぼえた。

以下、各短編について。

「甲羅男カメのものがたり」。三十路になったアジャパが盗人になり、遂には戦争を引き起こして、最後は王の呪いで甲羅男にされてカブト虫女と結婚する。突拍子のない部分が目立つけれど、それは童話の範囲内に収まっていてさほど違和感がない。

「カメの女房、ヤンリボのものがたり」。後に甲羅男と結婚するカブト虫女の物語。作中で処女を生贄の運び人にしているところが目を引いた。アフリカでも処女に特別な意味があるらしい。これは全世界共通の価値観なのだろうか。文化人類学的興味がうずく。

「村のまじない医」。まじない医が金持ちから財産を盗み、その子孫までを貧乏暮らしにさせるのだけど、最後は収まるべきところに収まる。失われたものが元に戻るオーソドックスな童話だった。淡々としながらも妙にカタルシスがある。

「アジャオと跳ねる骨」。アジャオという男がニンフから魔法の匙を貰う。匙を持ちながらある言葉を唱えると、おいしい食べ物と飲み物が出てくるだった。これなんかも童話にありがちで、似たような話が『グリム童話』にあったと思う。ただ、最後に鞭を使って教訓的に締めるのは意外だった。

「悪をもって、悪に報いるなかれ」。これも教訓的な寓話だけど、独特のアフリカン・テイストがあって面白い。要約すれば、酷い目に遭わされたからといって仕返しをするのはよくない、ということか。アフリカではこういう話を使って子供に道徳を教えているのだろう。

「アカンケとやっかみ質屋」。借金のかたに取られた娘が、質屋のおかみの命令で粉挽きをすることに。そこへゴブリンの群れがやってきて、娘は大金を手に入れるのだった。それを知ったおかみは、自分もあやかろうと息子を使って同じことを試みる。おかみと息子が酷い目に遭うのは、この手の話のお約束。

「あさって忘るなかれ」。またまた教訓的な話だけど、ペテン師が勝利して善良な兄弟が不幸な目に遭うところが新鮮だった。兄弟は身をもって自分たちの不明を知るというわけ。「あさって忘るなかれ」という言葉にそんな意味があったとはね。本作みたいな後味の悪い話はけっこう好き。

「裏切りアデ」。「あさって忘るなかれ」よりも後味が悪くてぞっとした。善人だからといって無条件に善き生は送れない。人生は不条理で、他人の悪意によっていとも簡単に破滅させられてしまう。アデがなぜ裏切るのかは分からないけど、この世にはどうしようもない悪人がいるので、こちらも用心深く生きなければならない。

「きかん気息子レレ」。金持ちの息子レレが猟師になりたいと言ってジャングルに飛び出し、太鼓叩きの奴隷にされてしまう。紆余曲折を経て助けられるのだけど、その紆余曲折がアフリカっぽくて面白い。アフリカでは子供を躾けるためにこういう話を読みきかせてそう。

「子ガモになった兄弟と、わからず屋の妹」。作中に禁止事項が設定されて、それを破ると恐ろしい目に遭うのは、世界共通のお約束みたいだ。見てはいけないものを見てしまう。イギリスの諺に「好奇心は猫を殺す」というのがあるけど、本作はまさしくそれだ。といってもまあ、結局はハッピーエンドだけど。

「畑長者と奇妙な男」。1人で4千人ぶんの仕事ができる小作人。その正体は森に棲む不死の魔物の長だった。彼がどうやって仕事をしているのか、それを知りたいと思うのは人間の性だろう。僕も好奇心は強いほうだからつい気になってしまう。

「がめつきカメとオリシャ-オコ」。これも作中に禁止事項が設定されていて、スープを飲むなと言われたのにあっさり飲んでしまう。この飲むなよ飲むなよって要はチェーホフの銃だし、日本だとダチョウ倶楽部のネタ振りみたいでもある。それにしても、男が妊娠する童話ってありそうでなかったな。