海外文学読書録

書評と感想

ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(1813)

★★★

ベネット家の次女エリザベスは、人間観察に秀でた20歳の独身女性。そんな彼女が、年収1万ポンド(現在の約1億円)の大地主ダーシー氏と知り合う。ダーシー氏は頭脳明晰の美男子だったが、気位が高くてエリザベスの印象はあまり良くなかった。やがてダーシー氏は密かに彼女に好意を持つようになる。ところが、エリザベスは将校のウィッカムに惹かれるのだった。ウィッカムは幼馴染のダーシー氏によって無一文にされたというが……。

「ダーシーさん、あなたはいつか、自分は人を許せない性格だとおっしゃいましたね。一度憎んだら一生憎みとおすような性格だとおっしゃいましたね。そうすると、間違って人を憎まないように注意なさるんでしょうね?」

「もちろんです」ダーシーは強い調子で言った。

「それに、偏見で目が曇らないように注意なさるんでしょうね?」

「もちろんです」

「最初に正しい判断をするのが、自分の意見を変えない人の義務ですわね」

「失礼ですが、この質問の目的は何ですか?」

「ダーシーさんの性格を解明することです」エリザベスは冗談っぽく言った。「どうしてもあなたの性格を知りたいんです」

「で、結果は?」

エリザベスは頭を振った。「うまくいきません。いろんな噂が耳に入って、それがほんとなのか、さっぱりわかりません」(上 pp.163-164)

読んでいる最中はやや冗長に感じたけれど、終わってみればそれなりに満足感があった。実を言うと、登場人物の恋愛にはあまり興味がないんだよね。恋愛小説も恋愛映画も特に好きというわけでもないし。ただそれでも、本作を読むことで当時の価値観や生活習慣を知ることができたのは良かった。たとえば、当時は朝10時にたっぷりとした朝食をとって昼食はなく、午後4時頃から1日の中心的な食事であるディナーをとったとか*1。また、本の抜書きをすることが当時の女性の教養とされていたとか*2。さらには、妻子ではなく遠縁の男子に遺産がいく限定相続という制度があって、それが配偶者(ベネット夫人)を苦しめている。さすがにこれは理不尽だと思った。夫が先に死んだら妻は屋敷から放り出されるのだから。ベネット夫人の先行きが心配である。

作中に出てくる結婚観も面白い。エリザベスの親友シャーロットは、教育はあっても財産がないため、結婚を人並みに生きるための唯一の生活手段と割り切り、幸福になれないと分かっているにもかかわらず、財産を持ったクズ男と結婚している。これで飢えだけは免れるというわけ。生存戦略に基づいたすこぶる現実的な行動だ。また、お金のない者同士が好きになっても不幸になるというシビアな結婚観も飛び出してきて、当時の婚活も今と変わらないと思った。そして、なかでも僕が驚いたのは、女性が男性からプロポーズされても、女性のほうに断る権利があるところ。昔の日本みたいに、家の都合で無理やり結婚させられるわけじゃないのは意外だった。

キャラクターも現代の小説と遜色ないくらい立っていて魅力的だった。ベネット氏の英国人らしいひねくれたユーモアは最高だし、ベネット夫人の頭が悪くてKYな振る舞いも愛すべき性格である。コリンズの高慢なところ、ウィッカムのクズなところも、ドラマを盛り上げる大きな要素だろう。キャラクター絡みだと、コリンズがキャサリンにプロポーズする第十九章は、お互いの気持ちが全然噛み合ってなくてとても笑える喜劇になっていた。また、第五十六章にあるエリザベスとキャサリン夫人の修羅場も見どころだろう。2人の言い争いは、どこか言葉の格闘技といった趣がある。こうして振り返ると、本作はストーリーよりもキャラの掛け合いのほうが面白かったと思う。

ところで、この小説は書き出しが良かった。

金持ちの独身男性はみんな花嫁募集中にちがいない。これは世間一般に認められた真理である。

この真理はどこの家庭にもしっかり浸透しているから、金持ちの独身男性が近所に引っ越してくると、どこの家庭でも彼の気持ちや考えはさておいて、とにかくうちの娘にぴったりなお婿さんだと、取らぬタヌキの皮算用をすることになる。(p.7)

実はこの後にベネット氏とベネット夫人の会話が続くのだけど、これが毒と笑いの入り混じった絶妙なユーモアに溢れていて、第一章は丸々引用したくなるくらい気に入った。小説の導入部としてはかなりのものだと思う。特に恋愛小説に興味がない人も、第一章だけ立ち読みすることをお勧めする。

*1:午前11時から午後4時までがモーニングと呼ばれた。

*2:余談だが、僕もノンフィクションについては気になる箇所を抜書き・要約して非公開のブログに保存している。こうしておくと必要なときに引用できて便利。