海外文学読書録

書評と感想

ウィリアム・シェイクスピア『ヘンリー六世』(1588-91?)

ヘンリー六世 シェイクスピア全集 19 (ちくま文庫 し 10-19)

ヘンリー六世 シェイクスピア全集 19 (ちくま文庫 し 10-19)

 

★★★

第一部。ヘンリー六世が治めるイングランドは、シャルル皇太子が率いるフランスと戦争をしている。オルレアンでジャンヌ・ダルクイングランド軍を打ち負かした。イングランドではグロスター公爵とウィンチェスターの司教が対立している。第二部。ヘンリー六世がマーガレットと結婚する。王妃マーガレットとグロスター公爵夫人エリナーが対立。夫人は魔術を使った廉で流刑になり、その後グロスター公爵も大逆罪で逮捕される。第三部。反旗を翻したヨーク公リチャードがヘンリー六世と和解する。ところが、ヨーク公は王妃の軍に攻められて殺されるのだった。ヨーク公の跡を継いだエドワードが戦争に勝利し、イングランドの王位に就く。その後、フランスも巻き込んでヨーク派とランカスター派で争う。

ルーシー こうして内紛という禿げ鷹が

偉大な将軍たちのはらわたをついばんでいるのをいいことに、

眠りこけた怠慢が我らの領土を敗北に売り渡す、

そのご遺体がまだ冷たくなりきっていない我らの王、

永遠に記憶に残るヘンリー五世王が

征服なさった領土だというのに。同胞がいがみ合っているうちに、

いのちも、名誉も、領土も何もかも、たちまち消えていく。(p.136)

ちくま文庫は三部作を一冊にまとめているので、およそ600頁の分厚い本になっている。部によって人物の呼び名が変わっているので、各部の冒頭についている登場人物一覧の存在はありがたかった。こういうのは便利なので普通の文芸小説にもつけてほしいのだけど、それは文学の沽券にかかわるから駄目なのだろうか? ミステリ小説にはついているのに。出版社には是非一考して頂きたい。

シェイクスピアの史劇を読んだのは今回が初めてだけど、こんなに人がバタバタ死んでいくとは思わなかった。有名な四大悲劇でさえ大して人は死なない。まあ、本作は戦争や権力闘争を扱っているから、大量死するのも当然と言えば当然なのだろう。権力を握るのは旨味があってお得だけど、一方では殺されるリスクも高いという諸刃の剣。特にヘンリー六世の場合、先祖が他人から王位を奪う形で即位したから、王権をめぐる火種が燻っている。ランカスター家がヨーク家の王位継承者を殺害して王冠を頂いているから、ヨーク公はそれが不満で最終的には反乱を起こしている。僕は何よりも命が惜しいので、権力の中枢には近づきたくないと思った。そこそこの地位で植物のように平穏に暮らしたい。

最近『Fate/Apocrypha』【Amazon】を見たせいか、ジャンヌ・ダルクは凛々しい聖女というイメージがあった。ところが、本作だと悪霊を召喚する魔女として描かれていてけっこうショックだった。火刑に処される際には、一時的に刑から逃れるために、誰々の子を身ごもっている*1と言い張って、しかもそれが複数人に及んでいるから、敵からヤリマン扱いされている……。いやー、こんなジャンヌ・ダルクは見たくなかったわー。ともあれ、シェイクスピアの時代はこういうイメージだったと分かって感慨深かった。

ソーントン・ワイルダー『三月十五日 カエサルの最期』では、史実を短期間に圧縮して作品の密度を高めていたけれど、そういう改変はシェイクスピアの史劇でも行われていて、昔から続くポピュラーな手法だったということを理解した。なるほど、歴史文学というのは、史実を年表通りになぞる必要はないわけだ。面白くなるのだったら、好きに切ったり貼ったりしても良い。このジャンルにはあまり詳しくないので勉強になった。

*1:妊娠中の女囚は、出産するまで刑が延期される。