海外文学読書録

書評と感想

エリザベス・ギャスケル『女だけの町』(1853)

女だけの町―クランフォード (岩波文庫 赤 266-1)

女だけの町―クランフォード (岩波文庫 赤 266-1)

 

★★

イギリスの田舎町クランフォード。そこの上流社会は淑女たちで占められており、男性は退役軍人で年金暮らしのブラウン大尉くらいしかいなかった。語り手のメアリー・スミス*1は、近くの中核都市からしばしばクランフォードを訪れ、淑女たちと交流している。町では等身大のささやかな出来事が起こっていた。

「マティーさん、男っていうものは、やっぱり男だわね! 男という男は誰もかれも、勇者サムソンと智者ソロモンのミックス――絶対やっつけられないくらい強くって――絶対に鼻をあかされることないくらい利口だ――と思われたいのねえ。気をつけてさえいればわかるはずだが、男はいつでも事件を予知しているんだ、ただ事前に警告を発しないだけなのだ、とね。私の父も男でしたから、私は男ってものをよく知っているのよ」(p.220)

「女だけの町」というタイトルを見てあなたは何を思い浮かべるだろうか。アニメにありがちな美少女動物園もの*2? それとも、男性を排除することでユートピアを実現したフェミニズムもの? 実は本作を読んだのは、Twitterで「女性専用の街」というのが話題になっていた*3からである。この話題は相当な反響があった。

それで本作はどういう内容だったのかというと、美少女動物園ものでもフェミニズムものでもなく、淑女たちの生活を中心に据えたエピソード集といったところだった。昔の恋物語や奇術師による手品、使用人の婚約などが印象に残る。個人的にはちょっと興味の持てない退屈な話ばかりだったけれど、随所に昔の文学作品のお約束みたいなものが垣間見えて、それなりに刺激的ではあった。たとえば、語り手が読者に向かって話しかけたり、序盤で主要人物と思わせた人物をあっさり殺したりしている。また、ある婦人が破産して一文無しになってしまうのだけど、そこへインドで消息不明になっていた弟が金持ちになって帰ってきて、最終的には救われるという筋書きも昔の小説っぽい。というわけで、本作は19世紀のイギリス文学に郷愁を感じている人向けだろう。訳者あとがきによると、本作にはチャールズ・ディケンズも関わっていて、その辺の裏話も楽しみの一つである。

序盤で文学談義を交わしているところが一番面白かった。ミス・ジェンキンスが前世紀の作家サミュエル・ジョンソンを推しているのに対し、ブラウン大尉は当代の作家チャールズ・ディケンズを推している。つまり、サミュエル・ジョンソンとチャールズ・ディケンズはどちらが上か? という話題で争っている。このくだりはなかなか微笑ましくて、両者とも自分の好きな作家に固執して意地になっているところが面白い。人間というのは、自分の好きなものを否定されるのが一番嫌なのだ。これは僕も身をもって経験しているので、なるべく作品を批評するときは偉そうに語らないよう気をつけている。たとえば5ちゃんねる*4文学板なんか、半可通のくせになぜか自信たっぷりに作品をこき下ろす輩がいて、こいつ馬鹿丸出しじゃないかと思うことが少なくない。馬鹿は馬鹿なりにもっと謙虚になるべきだろう。

*1:実は物語の終盤(311頁)で読者に名前が明かされる。

*2:代表作は『けいおん!』【Amazon】や『ご注文はうさぎですか?』【Amazon】など。『けものフレンズ』【Amazon】はこのジャンルの究極形である。

*3:詳しくは、『女性だけの街』ヲ作ろう - Togetterを参照のこと。

*4:昔は2ちゃんねるという名前だったが、いつの間にか5ちゃんねるになっていた。