海外文学読書録

書評と感想

陳浩基『世界を売った男』(2011)

世界を売った男 (文春文庫)

世界を売った男 (文春文庫)

  • 作者:浩基, 陳
  • 発売日: 2018/11/09
  • メディア: 文庫
 

★★

2003年の香港で、夫と妊婦が惨殺された殺人事件が発生、許友一巡査部長もその捜査に携わっていた。ところが、許が前日の二日酔いから車の中で目覚めると、一晩のうちに世の中は2009年になっていた。どうやら記憶喪失になったらしい。そこへ雑誌記者の女性が取材のために許の元を訪れ、2人は一緒に6年前の事件の関係者に会いに行く。犯人は逃走中に事故死していたが、許は彼が主犯ではなく、他に共犯がいるのではないかと疑う。

「阿一、警官にとって一番大切なことはなんだと思う」

「市民の保護ですか? それとも犯罪者の処罰でしょうか?」

「ははっ。今日、警察学校を卒業したわけじゃあるまいし、そういう表向きだけの模範解答は昇級したあと上司の前で言うために取っておけって。いいか、警官にとってもっとも重要なのは、自分の命を守ることだ」(p.40)

島田荘司推理小説賞というのが台湾にあるようで、説明文によると中国語の作品を対象にしているようだ。本作はそれの受賞作だけど、何というか悪い意味で日本のミステリ小説みたいだった。

要するに、サプライズのためのサプライズにあまり感心しなかったのだ。本作は記憶喪失を巡る謎と殺人事件の真相が主な焦点になっているのだけど、前者の部分が作為的というか、三人称による全知の語りで、さらに過去の挿話を入れる構成で、こういうあからさまな錯誤を作るのはないだろうという不満がある。たとえば、これが一人称視点なら、信頼できない語り手ということで納得できる。しかし、これが三人称による語りだと、わざわざこういう錯誤を作ることの必然性が感じられない。結局はサプライズのためのサプライズじゃんって思ってしまう。僕は物語の自然な運動の先にサプライズがあるべきだと思っているので、こういう手段を選ばないタイプの小説はあまり評価できないのだった。

日本のミステリ小説は新本格の登場以降、大人の読むに堪えうるものではなくなってしまったため*1、僕はもうジャンク品だと割り切って読むことにしている。だから国内ミステリへの要求水準はとても低い。それなりに形になっていれば、読み捨て本として及第点を与えることにしている。その反面、海外ミステリに対しては大人の観賞に堪えうるものを求めているので、どうしてもクオリティの高さが気になってしまう。いくらアジアがミステリ小説の後進地域とはいえ、日本の安っぽい小説を手本にするのはどうかと思うのだ。どうせなら欧米の本格的な小説を真似てほしいところである。

なお、本作の3年後に書かれた『13・67』はオールタイムベスト級の傑作。作家とはこんな短期間で成長するものかと感動したのだった。

*1:ただし、横山秀夫は例外。彼の登場によって警察小説のハードルは格段に上がった。