海外文学読書録

書評と感想

ニック・ホワキン『二つのヘソを持った女』(1961)

二つのヘソを持った女 (アジアの現代文学 9 フィリピン)

二つのヘソを持った女 (アジアの現代文学 9 フィリピン)

 

★★★

香港。獣医師のペペは両親がフィリピン人だったものの、彼自身は一度も祖国の土を踏んだことがなかった。そんな彼の元にフィリピンから名門一族の娘コニーが訪ねてくる。彼女は自分のお腹にヘソが2つあるので手術してほしいとコニーに依頼する。その後、コニーの母コンチャがペペのもとを訪問、自分たちのことを語る。コニーは夫を捨てて香港に家出してきたのだった。

「人間の肉体ってなにかの印をつけられていることはないんでしょうか――どこからきたのかわからないなにか不思議な印を?」

「聖痕という意味ですか?」

「そんなことはないとお思いになる――」

「よろしいか、聖痕は聖痕だけに神が特別なお恵みとしておあたえになったものです。それに、われらの主が、そんな……そんな……奇妙なことをお許しになるようなあらっぽい方では決してないとわたくしは思います……えー……こともあろうに、そういう想像をするなんて!」(pp.150-1)

本作の中心にあるのは親子関係の悲劇で、コニーがいかにして救われるかに焦点が当たっている。その一方、サブプロットとしてフィリピンの歴史にも触れていて、同国に馴染みがない者としては刺激的だった。フィリピンは1565年から1898年までスペインの植民地で、以降1946年までアメリカの植民地になっている(太平洋戦争中は日本軍に占領された)。言葉もスペイン語から英語に切り替わっているし、アメリカの方針によって原住民のキリスト教化が推進された。現代では日本人がセブ島に英語の語学留学をすることから、フィリピンはアメリカ文化の国というイメージがある。しかし、実はその地層の下の部分にはスペインがあって、その上にアメリカが乗っているというのが実態のようだ。本作の舞台は第二次世界大戦後だけれど、過去の話として1900年頃からの闘争が話題になっていて、この国が植民地だったことを否が応にも意識させる。太平洋戦争中も苦労があったようで、戦後に帰ってみたら家が滅茶苦茶になっていたというエピソードもある。戦禍に巻き込まれるのは金持ちも庶民も変わらない。フィリピンについてはあまり詳しくなかったので、こういう歴史的なエピソードはなかなか新鮮だった。

コニーには本当にヘソが2つあるのか? というのが当面の謎になっていて、僕もそれが知りたくて知りたくて仕方がなかった。ある場面では、人生から目をそむけるための作り話ではないか? という疑惑が出てくる。しかし、誰もヘソを確認してないので真偽が分からない。また、コニーは小さい頃、ぬいぐるみを池に捨てて、泥棒に盗まれたと親に嘘をついたことがあった(それはビリケンを手に入れるためだった)。実は2つのヘソもその延長上ではないか? コニーには虚言癖があるのではないか? ……とまあ、そんなこんなで読んでいるこちらの好奇心が掻き立てられる。いずれにせよ、コニーには親子関係、さらには夫婦関係に問題があることは確かで、そのことを幻視的なヴィジョンで示すところは圧巻だった。異なる場面場面をシームレスに繋ぐ手法で、彼女の内的世界に迫っている。

自分が救われるためには、とことん利己的にならなければいけない。たとえモラルに反しても、誰かを傷つけることになっても。この部分を読んで、ヘンリク・イプセン『人形の家』【Amazon】を思い出した。同作ではノラという人妻が、家庭という監獄から逃れるために子供を捨てて家を出ている。こういうのってキリスト教の一般的な考え方なのだろうか? 本作では、堕落すればするほど上昇して悔い改める可能性がある、みたいなことを神父が述べていて、随分と倒錯しているなと思った。