海外文学読書録

書評と感想

ウィリアム・シェイクスピア『アテネのタイモン』(1606-1607?)

★★★

アテネの貴族タイモンは莫大な財産を所持しており、それを周囲の人々に惜しみなく与えていた。ところが、実は財政が破綻していたことが判明、金貸しが借金の取り立てにやってくる。タイモンは友人たちに援助を求めるも、全て拒否されてしまう。彼は宿無しになってアテネの壁外で呪いの言葉を吐くのだった。

アルシバイアディーズ 気高いタイモンがどうしてこうも変わってしまったのか?

タイモン 月と同じだ、与える光がなくなって変わったのだ、

もっとも俺は、月のようにまた満ちることはできない、

俺には光を貸してくれる太陽がないからな。(pp.125-6)

トマス・ミドルトンとの合作らしい。

金を持っているときは人が集まってきてちやほやされるのに、なくなると一転して見向きもされなくなるというのは、現代でもよく聞く話なので、これは社会の普遍的法則と言ってもいいのかもしれない。日本だと芸能人とかIT企業の社長とか、浮き沈みの激しい業界の人が身をもって感じていると思う。かつてホリエモン堀江貴文)が、「お金があれば、愛も、幸福も、何でも買える」と言っていたけれど、たとえば友情みたいな大切なものはいくら金をつぎ込んでも買うことはできない。金持ちに寄ってくるのは上辺だけ取り繕って追従してくる乞食くらいのもので、彼らは他人の財布から金を掠め取ることしか考えていない盗人である。

その点で言えば、ひねくれ者の哲学者アペマンタスは、タイモンと友情の可能性を感じさせる人物であった。というのも、彼はモブの貴族に「あいつは人類全体を敵視している」と言わしめるほどの毒舌家で、金持ちのタイモンにも媚びるような真似は一切しない。宴会にやってきたときなんか、「よく来てくれた。」と歓迎するタイモンに対し、「よく来たとは言わせない――あんたは俺を叩き出す、そうさせるために俺は来たんだ。」と返している。一見すると狂人のように見えて、実は一番まともなのが彼だ。アペマンタスは、タイモンの宴会に参加している人たちが金目当てで寄ってきていることを見抜いており、そのことを独特の皮肉な言い回しで警告している。

人間嫌いになったタイモンは、荒野で人類を呪う長広舌を振るっていて、いくら何でも人格変わりすぎだろと思った。しかし、そんな彼に対してアペマンタスは以前と変わらず接しており、本当に信頼できる人間は絶頂期に耳の痛いことを言ってくる、だからヨーロッパの国王は道化師を飼っていたのだなと思った。慢心しないために、自分に警告を与えるために。つまり、アペマンタスはタイモンにとっての道化師だったのだ。どうやらアペマンタスは架空の人物のようだけど、こういうひねくれ者は古代ギリシャに実際にいそうで何だかわくわくしてしまう。