海外文学読書録

書評と感想

ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』(1947)

★★★

有閑階級の青年コランは、パーティーでクロエという名の女性と出会ってデートする。やがて結婚した2人だったが、クロエが胸の病気に冒されるのだった。医者の検査によると、肺の中に睡蓮が生えているという。金に困ったコランは、治療費を稼ぐために働きに出る。

「あの人たち、どうしてわたしたちのことをあんなに軽蔑するの?」クロエが尋ねた。「働くのは、そんなに立派なことかしら……」

「連中は、働くのは立派なことだといわれて働いているんだよ」コランはいった。「一般論としては、働くことは立派なことなんだ。でも実際にはだれもそうは思っていない。ただ習慣から、そんなことを考えなくてもすむように働いているだけさ」(p.133)

これは驚いた。最初はフランス文学とは思えないスタイリッシュな小説という印象だった。しかし、後半に入ってからえらくシュール場面が出てくるようになって、リアリズムの枠組みを逸脱してくる。思えば、そういう兆候は前半から既にあった。コランの家のハツカネズミが人間みたいな振る舞いをしていたり、コランがスケート靴で見知らぬ青年のあごを殴りつけて殺害したり……。そのときは誇張した表現だろうと思っていたが、まさかその表現がエスカレートしていくとは予想外だった。ここまで書いておいて何だけど、本作は予備知識なしで読んだほうがいいと思う。裏表紙の紹介文にある「ラブストーリー」という文言は完全なミスリーディングで、本作の読みどころはそんな部分にはない。編集部はネタバレを回避すべく気を使ってそう書いたのだろう。『グレート・ギャツビー』【Amazon】かと思って読んでいたら『第三の警官』だった、くらいの落差がある。

労働というのが本作では重要な位置を占めていて、有閑階級のコランは当初、上から目線で幼稚な正論を述べている(133-135ページを参照)。個人的にはこの部分、大筋では賛同できるものの、経済ってそう単純じゃないよねというか、現代人の視点から言えば、いくら技術が発展しても世界から労働はなくならないという絶望感がある。たとえば、今は当時よりも産業の機械化は進んでいるし、将来はAIの発達によって人が携わる領域も減っていくとされているけれど、そうなってもただその分野の雇用が減るだけで、社会から労働そのものはなくならない。需要と供給の原則に従って、別の分野に労働力が移動するだけである。それに経済を回すというのが資本主義社会における正義だから、本格的に仕事がなくなっても、本作に出てくるような意味不明な仕事――服を脱いで土の上に寝そべって武器を育てる仕事――を無理やり作ってそれに従事させられるだけである。コランの言っていることは理想的だ。しかし、おそらく労働から解放された社会が来ることは未来永劫ない。本作を読んで、この世が地獄であることを改めて痛感した。