海外文学読書録

書評と感想

チャン・ジョンイル『LIES/嘘』(1996)

★★★★

38歳のJは元彫刻家で、現在はソウルで無為徒食の生活を送っていた。彼にはパリに留学している妻がいる。Jは知人の伝手で知り合った女子高生Yと安東市で会い、ラブホテルでセックスをする。彼女は処女だった。その後も2人はたびたび会ってセックスに明け暮れ、プレイは過激になっていく。

Yが求めてやまないのは「シアワセ」だ。これほどまで幸せを求めるパワーなんて、Jはお目に掛かったことがない。最近の人間どもときたら、馬鹿の一つ覚えみたいに「幸せ」という単語に白けてみせようとする。不思議なことに、誰もその価値を正しく評価しようとはしない。Jは、喘ぎ声を出しっぱなしで腰を振り続けるYのアソコをたっぷりクンニした。陰蜜はサイダーの炭酸ガスのように無尽蔵に湧き上がり、Jの口元に、まるでお粥を食べてから素手で口元を拭ったようにベットリとまみれている。Jは、チョコレートを口元いっぱいにほおぼった子供のように嬉しかった。もう、たまらん!(p.29)

本作は過激な性描写のために韓国で発禁処分になったという。著者も裁判で執行猶予付きの有罪になったとか。賈平凹の『廃都』も同様の理由のために中国で発禁処分になったそうだけど、性描写の緻密さや過激さはこちらのほうが遥かに上だと思う。日本の作家だと村上龍を彷彿とさせるかもしれない。ただ、本作のほうが村上よりも徹底的だし、分量も多くて比較にならない感じだ。一つ一つの描写が具体的でやけに生々しく、挙句の果てにはアナルセックスやSM、スカトロにまで手を染めている。

本作を読んで幸福とは何か? と考えてしまった。Jにとっては働かずにぶらぶらして、愛人とセックスすることが幸福らしい。相手のYもどうやらセックスに幸せを感じているようだ。Jは中堅の元彫刻家だけあって女にモテモテで、38歳にして100人斬りを達成している。確かに本作みたいな状況は男の夢ではあるけれど、いざこうやって目の前に突きつけられると、これはこれで何か違うなあと思ってしまう。女子高生とセックスなんて最高のご褒美のはずなのに。若い女から強く求められるのは、日常に充実感をもたらすはずなのに。結局のところ、その場しのぎの快楽では人生のすべてを穴埋めすることなんて不可能なのではないか。こうやってセックスだけにクローズアップされてみると、それが世界のすべてみたいに見えるけど。

SMも本作の売りの一つになっている。Jは最初Yをスパンキングする側だった。尻に痣ができるまでお仕置きをする側だった。それがふとしたきっかけで、Yにスパンキングされる側に回る。SMで言えばM、すなわち彼女に調教されることになる。Yの小悪魔ぶりはまるで『痴人の愛』【Amazon】のナオミのようで、僕もちょっぴり調教されてみたいと思った。どちらかというと、僕はM寄りなので。ただ、肉体的苦痛に悦びを感じるのは理解の範囲を超えている。だからガチのMではないのだろう。また、スカトロも理解不能だ。いくら相手が女子高生でも、その排泄物を食うのは絶対に無理である。

終盤で2人が韓国各地のラブホテルを転々とするところは、『ロリータ』【Amazon】のオマージュだろう。2人の幸せな時間がいつまでも続かないところも共通している。本作は韓国の世相を織り交ぜつつ、過激な性描写が大半を占めていて、終わってみれば何とも奇怪な小説だった。