海外文学読書録

書評と感想

スティーヴ・エリクソン『きみを夢みて』(2012)

★★★

バラク・オバマが大統領に当選した年のロサンジェルス。作家のザンと妻のヴィヴは、19ヶ月前にエチオピアの孤児院から幼い娘シバを引き取って養子にしていた。ザンとヴィヴと息子のパーカーは白人で、シバは黒人。ザンは住宅ローンの滞納で多額の借金を抱えて困っていたが、そこへ彼をロンドンの大学に招聘する話が舞い込む。ザンと子供たちはロンドンに移動し、ヴィヴだけアジスアベバに飛んでシバの実母を捜索する。

彼は、自らの人生観の根底にユダヤ=キリスト教の信仰を置き、神はどうして黒人ではいけないのか、と問うデモ隊の人々を見おろす。彼が黒人たちの村を歩きまわると、巨大な群衆は二倍、三倍と、さらに資格のない支持者たちのように思える人たちで膨れあがる。これまで棍棒をもたない白い手などを差し出されたことがない黒人たちの手という手を、彼は握った。(p.241)

家族についての物語、アメリカについての物語はどちらもアメリカ文学の王道だけど、それらに音楽や文学を絡ませてめくるめくハーモニーを奏でているところは著者らしいと思った。オバマ政権誕生の高揚感は当時の日本にもメディアを通じて伝わっていて、アメリカの政治をどこか羨ましく思ったことを思い出す。「Yes We Can!」を合言葉にまるでお祭り騒ぎだったから。ああいうのはそれまでの日本には存在しなかったし、これからも存在することはないだろう。ともあれ、オバマ大統領とロバート・ケネディを重ね合わせ、白人と黒人の融和を題材にするところはさすがアメリカの作家という感じがする。少し前からアメリカでは、富裕層がアフリカから黒人の養子を迎え入れているけど(ブラッド・ピットアンジェリーナ・ジョリーが代表的だろう)、これも融和の文脈で捉えることができるかもしれない。『アブサロム、アブサロム!』【Amazon】で冷徹に描かれた白人のアイデンティティ問題は、今や遠い過去のものになったわけだ。昔とはがらりと変わった白人と黒人の関係。長期的に見ると世界は少しづつ良くなっているのではないか。本作を読んでそんなことを思ったのだった。

本作は以前の著作に比べて幻視的要素が薄らいでいるけれど、しかしここまで家族の物語とアメリカの物語を両立させたことはなかったと思う。加えて、断章形式になっているからいつもより読みやすいし、ヴィヴが途中で音信不通になるところはちょっとしたサスペンスになっていて興味をそそる。著者の小説のなかでは初心者向けの部類に入るだろう。