ニコス・カザンザキス『その男ゾルバ』(1943)

その男ゾルバ (東欧の文学)

その男ゾルバ (東欧の文学)

 

★★★

作家の「私」はクレタ島へ向かう船内で、ゾルバという労働者風の男と出会う。ゾルバに島へ一緒に連れていってくれるよう頼まれた「私」は、彼を自分が所有する炭鉱の現場監督に任命する。2人は島で共同生活を送るのだった。

私にはよく分かった。ゾルバこそ、私が長い間探して見つけることが出来ないでいた男なのだ。生きた心の持ち主で、大きな飽くことを知らない口、偉大な野蛮な魂、母なる大地から、未だ切り離されてない男であった。(40)

インテリと労働者という異文化コミュニケーションの魅力がたっぷり詰まった小説だった。作家の「私」はインテリらしく本の虫で、人生に対してどこか受動的なところがあるのだけど、ゾルバはそれとはまったく正反対で、「人生とは面倒を求めること」と言いながら能動的な生を送っている。ゾルバは開けっぴろげな田舎者といった感じでずばずば物を言うし、人生経験――とりわけ女性経験――が豊富で、出会った女たちを片っ端から口説いてはモノにしている。「私」が草食系男子だとすれば、ゾルバは肉食系男子なのだ。個人的に、インテリがこういう自由人にコロリと参ってしまう気持ちはよく分かるから困る。中小企業の叩き上げ社長みたいな魅力というか。ネットの世界でも、ニコ生やツイキャスの雑談配信者(その多くは社会の底辺にいるスペックの低いおじさん)を小金持ちがタニマチになって金銭的に支援していることがあるけれど、そのタニマチ連中も画面の向こうにいる強烈な野生に参ってしまったのだろう。人が人に魅力を感じるのには大きく2つの理由があって、自分と共通点があるから惹かれることもあれば、自分にないものを持っているから惹かれることもある。「私」とゾルバは後者のパターンで、読んでいるこちらも「ゾルバみたいな友達がいたらさぞ刺激的で楽しいだろう」と思ってしまう。本作は、快男児ゾルバの魅力を存分に堪能する小説、と言えるかもしれない。

それにしても、本作は女たちの末路が酷かった。作中にはマダム・オルタンスという宿屋の女主人と、村外れに住む後家女の2人の女性が出てくるのだけど、結局は両者とも死んでしまう。前者はゾルバと結婚の約束までした女で、死因は病死だからまだいい(といっても、その死はいささか唐突)。問題は後家女の最後。彼女は村人たちから逆恨みを受けて首を切られてしまうのだった。後家女が村の若者の求愛を断り、若者がそれを気に病んで自殺、村人たちはその死を後家女のせいだとして殺しにかかるのだからたまったものではない。男はどこに住んでいても自由に生きられるけど、女はそうはいかないんだなあと戦々恐々としたのだった。