海外文学読書録

書評と感想

ジャネット・ウィンターソン『オレンジだけが果物じゃない』(1985)

オレンジだけが果物じゃない (白水Uブックス176)

オレンジだけが果物じゃない (白水Uブックス176)

 

★★★

ジャネットは赤ん坊の頃、狂信的なキリスト教徒の女の養子になり、以来伝道師になるべく厳しい宗教教育を叩き込まれた。キリスト教の教えを信じ込んだジャネットだったが、ある女性に恋をすることで人生が変わることになる。

……わたしたちは物語を自分の望む形にこしらえる。物語とは、世界の謎を解き明かしながら、世界を謎のまま残す術、時のなかに封じ込めてしまうのではなく、生かしつづける術だ。一つの物語を百人が語れば、百通りの物語ができあがる。それはつまり、一人ひとりの物の見方が違っているということだ。……(151)

著者の自伝的小説だという。

キリスト教の暗黒面をこれでもかと描いた、なかなか興味深い小説だった。とにかく牧師と母親が悪辣を極めていて、少しでも自分たちの考えから外れたことをしたなら、相手を悪魔呼ばわりする。反論すると、「取り憑いたものが口をきいているのだ」と言ってにべもない。特に幼い頃のジャネットは彼らに抵抗する手段がないから尚更悲惨で、洗脳されたまま学校に通って周囲から浮いた存在になる。僕はこれを読んで、卓球少女の福原愛を思い出したのだった。福原も幼い頃から親のエゴで人生を決められ、虐待まがいの英才教育を受けて遂にはオリンピックのメダリストになったけれど、あの人生が幸福かどうか問われたら何とも答えに窮してしまう。栄光を勝ち取ったものの、それは親に操られた主体性のない人生に過ぎない……。本作を読んで、幸福な人生とはどういうものなのか考えさせられた。

ジャネットが通う教会にゲストとして来ているフィンチ牧師が強烈だった。彼は悪魔について世にも恐ろしい説教をする人で、聴衆を不安な気持ちにさせている。のみならず、そのファッションもキチガイ染みていて、片側に地獄に落ちて恐怖におののく罪人ども、反対側に天使の群れを描いたバンに乗っている。キリスト教版の「痛車」といったところだろう。さらに、後部ドアとボンネットに<天国か地獄か? それはあなた次第>と大書してあるのだから、救いようのないキチガイであることは確実だ。宗教とは人を狂わせる。僕はこのことを再確認したのだった。

自我に目覚めたジャネットが母親と決別して家出をし、しばらく自立して生活した後、クリスマスに帰ってきた場面が印象的だった。出ていくときは母親がジャネットを悪魔呼ばわりして怒り心頭といった感じだったのに、戻ってみたら喧嘩前と変わらない親子然とした態度だったのである(ただし、母親は相変わらず狂信者のまま)。福原愛も親に反抗して卓球を辞めても、案外家族とは上手くいっていたかもしれない。オレンジだけが果物じゃないように、卓球だけが人生じゃないのだ。親に英才教育を受けている子供は、本作を読んでみるといいと思う。