海外文学読書録

書評と感想

フランソワ・ラブレー『ガルガンチュア』(1534)

★★★★

巨人族の王家に生まれたガルガンチュアは、長じてからパリに留学する。そこへ村人たちの些細ないざこざから祖国が攻め込まれて戦争になっているとの知らせが来た。帰国したガルガンチュアは兵を率いて敵を打ち破る。

先日、われ脱糞しつつ

わが尻に残りし借財を感ず

その香り、わが思いしものにあらずして

われ、その臭さに撃沈さる

 

嗚呼、誰か、

われが脱糞しつつ、待つ貴女を、

連れてきてくれぬものか。

さすれば、われ、女の小用の穴を、

がばっとふさぎて、

女は、脱糞しつつ、

その指にて、わが糞穴をふさがんものを。(pp.118-9)

これは面白かった。『ドン・キホーテ』【Amazon】の先駆けみたいな愉快な小説である。訳注や解説によると、本作は当時のカトリック社会におけるアクチュアルな問題を風刺したようだけど、そういうのを抜きにしても、ハチャメチャな騎士道物語といった感じで楽しめる。特に序盤は小学生が好むような下ネタ(糞尿やちんこ)が多くて、何で当代きってのインテリがこんなお下劣な要素を作中に取り入れたのか気になった。小便をしたら洪水が起きて人間が溺れるエピソードとか神話的でさえある。

本作はルネサンス期の小説だからか、ホメロスソクラテスプラトンといった古代ギリシャの文化が引き合いに出されているのが感動的だった。500年前の人も現代人と同じものを読んでいたのだなあという素朴な感慨。他にもカエサルキケロといった古代ローマ人にも触れていて、当時の知識人が何を拠り所にしていたのか分かって興味深い。ルネサンスというのは、キリスト教と古典文化の幸福な結婚だったのだなと思う。

当時はフランス語が書き言葉として認知されはじめた時期のようで、そのせいか作中にはフランス語で初出の言葉がいくつか出てきた。このように作家が言葉を創造するところは、夏目漱石に代表される明治文学に似ているかもしれない。それと、著者が医者であるせいか、解剖学的描写が妙に詳しいところも特徴的だった。

ところで、『ドン・キホーテ』を読んだときも気になったけれど、この時代のトリッパ(臓物料理)って味はどんなものだったのだろう? どうやら牛の胃腸の煮物らしいけど、たとえば現代のもつ煮込みみたいな感じだったのだろうか。昔の人が何を食べていたのかとても気になる。