海外文学読書録

書評と感想

ジェニファー・イーガン『ならずものがやってくる』(2010)

ならずものがやってくる (ハヤカワepi文庫)

ならずものがやってくる (ハヤカワepi文庫)

 

★★★★

盗癖を治すべく精神科医にかかっているサーシャは、かつて有名音楽プロデューサーであるベニーのもとで働いていた。ベニーは元パンクロッカーで、サーシャも彼に負けない数奇な人生を歩んでいる。物語は2人を軸に様々な人物に焦点を当てていく。

「お前にはやれる、スコッティ……やらねばならん」とベニーが言った。いつも通りの穏やかな声だが、その薄くなった白髪の隙から、頭皮が汗に光るのが見えた。「時間ってやつはならずものだ。そうだろ? そのならずものたちを、のさばらせておくつもりか?」(421)

ピュリッツァー賞・全米批評家協会賞受賞作。

この小説は全部で13章あるのだけど、どれも主人公が違っていて、なおかつ語りの形式も変えてある非常に野心的な内容だった。語りについては、一人称・二人称・三人称といった違いは序の口で、もっといくと芸能記事を模した形式やパワーポイントで作ったスライド形式の章まである。時系列も過去・現在・未来を章ごとに行き来するのだから、これはもう「一筋縄では物語らないぞ」という著者の意気込みがひしひしと伝わってくる。ならずもの=時間を捉えるには、このようにワイドスクリーンで多面的に描かないといけないのだなあ、と気が遠くなる思いだった。物語そのものは凡庸だったけれど、野心的な形式に惹かれるところがあったので、評価は★4にした。やはり現代文学は、何を語るかではなく、どのようにして語るかが重要なテーマなのだろう。語るべきものが何もない時代において小説とはどうあるべきか? その一つの回答がここにある。

その場を壊したいという一種の破滅衝動が、この小説に通底しているような気がする。ある人物は独裁者に余計なことを言って命を危険に晒しているし、ある人物はインタビュー相手の女性を突然強姦しようとしているし、ある人物は友達と一緒のときにわざと怒らせるようなことを言っている。そもそも、本作の主人公格であるサーシャが、盗癖のある問題人物だった。このように精神的自傷行為をする人たちが多く登場するのが何とも不思議で、現代のアメリカ人はこんなに病んでいるのか、それとも著者にその傾向があるのか、何とも判然としない気持ちを抱きながら読んだのだった。