海外文学読書録

書評と感想

ポール・オースター『冬の日誌』(2012)

★★★

自伝。主に肉体の出来事を軸に、時系列を錯綜させながら語っていく。野球に熱中した少年時代、女の子に熱をあげた思春期、生まれてから現在までの住所遍歴、母親の死、自分の結婚など。

自分はそんなふうにならない、そう君は思っている。そんなことが自分に起きるはずがない、自分は世界でただ一人そういったことが何ひとつ人間なのだと。それがやがて、一つまた一つ、すべてが君の身に起こりはじめる――ほかの誰もに起きるのと同じように。(p.3)

自伝なのに時系列を錯綜させるところと、自分に対して「君」と語りかけるところが特徴的だった。読み始めはだいぶとっつきにくさを感じるけど、途中からぐいぐい引き込まれるようになるので、序盤は我慢して読んでいくことをお勧めする。

とりあえず、色々なことを赤裸々に綴っているのでファンは必読だろうか。僕は特別ファンというわけでもないから、いまいち有り難みを感じなかったけど、それでも覗き見趣味的なものは十分満足させられた。他人の人生は最高のコンテンツだと思う。

序盤は生傷の絶えない少年時代が印象的だった。机の脚に刺さっていた釘で顔を突き破って何針も縫ったり、野球の一人フライキャッチをしていたら近くの子供に後ろからぶつかられて血まみれになったり(歯が後頭部に突き刺さった)、行方不明の友達を探していたらスズメバチだかクマンバチだかの巣を踏んづけて刺されまくったり。あと、落雷で友達が死んだという記述もあった。その後、大人になってからも死にかけ体験が2回あったようだし、ポール・オースターは常人よりよっぽど危険な目に遭っていたことが分かる。いや、もしかしたらこれが平均的なアメリカ人の人生なのかもしれないけど。

著者の初体験は16歳で、相手は黒人の娼婦。この娼婦とのやりとりがなかなか笑えるので、序盤がつまらないと思ってもここまでは読んだほうがいい。さらに、パリ滞在時に下の住人と揉めた話もこれに負けず劣らずといった感じかな。アメリカとフランスのカルチャーギャップを知ることができる。あと、本書を読んでポール・オースターユダヤ人だということを初めて知った。確かに改めて顔写真を見るとそれっぽいような気がする。他にも妹が統合失調症であることを明かしたり、従姉のことを酷く毛嫌いしてdisったり、やはり明け透けであることが本書の魅力だろう。僕はここまで自分を切り売りできないので、著者には尊敬の念をおぼえる。

本書のハイライトは母親の死で、自分もいつかこの日が来るのだと思うと何だか悲しくなった。