海外文学読書録

書評と感想

賈平凹『老生』(2014)

★★★

(1) 国共内戦。父を亡くして孤児になった老黒が、地元の有力者に引き取られる。彼は共産党員の従兄と再会し、挙兵計画に参加する。(2) 土地改革。村では地主から貧農まで階級が設定され、村人たちはそれぞれ境遇が変わる。(3) 文化大革命人民公社の役人が、村の革命と生産に血道をあげる。(4) 改革開放。薬草掘りの戯生が、ひょんなことから村長に抜擢される。

「あのな、人間は死んだらそれでしまいかね?」と、やつが訊いた。

「そいつは、亡くなるかどうかじゃな」と、わしが言った。

「死ぬことは亡くなることじゃなくて、亡くなることは死ぬことじゃないのかね?」と、やつが言った。

「死ぬとじき忘れられる人間がおるが、それは死んだら亡くなったわけじゃな。死んでも覚えてもらえる人がおるが、それが死んでも亡くならぬことじゃ」と、わしが言った。(p.34)

最近の小説らしいページターナーだったけれど、長大な時間を扱っているわりには大きなうねりがなくて物足りなかった。

物語は4話構成になっていて、一つ一つは中編程度の長さである。舞台は秦嶺山脈の別々の田舎町。共通して出てくる人物は数人いるものの、さほど深い関連性はなく、それぞれ独立した中編として読める。1話1話は中国の庶民の生活が面白くてぐいぐい引き込まれるけど、全体を通して何か大仕掛けがあるのかと期待すると肩透かしを食ってしまう。通読して印象的だったのは、1話目で活躍した遊撃隊がその後の話に伝説的存在として語り継がれていることくらいだろうか。

とはいえ、中国の庶民の生活が生き生きと描かれているところは特筆すべき点で、彼らについて知りたければ本作を読むのが手っ取り早い気がする。かつて人間と獣の関係だったものが、人間と人間の関係になった非情さ。かと思えば、男も女もバイタリティに溢れていて、みんなしたたかに生きている。そして田舎のせいか、苛政のわりにはそれなりに暮らしが成立しているのが意外だった。昔ベストセラーになった『ワイルド・スワン』【Amazon】とは大違いでびっくりする。

18世紀イギリスの保守政治家エドマンド・バークは、『フランス革命省察』【Amazon】という著書で、前年に起きたフランス革命を批判したけれども、彼だったら中国共産党の革命も全否定したと思う。というのも、革命は社会の変革が急すぎてかえって混乱が起きてしまうから。政治とは本来、駄目な部分を徐々に改めていくことでゆるやかに社会を変えていくべきなのに、革命では今までの秩序が一気にさかさまになって別の不公平を生み出してしまう。本作の土地改革なんかはその典型的な例で、富裕層を地主に認定して土地を収奪する様は醜いとしか言いようがない。

ところで、本作は食べものがやたらと美味そうだった。たとえば、銭銭肉。雄ロバの生殖器を煮込んで48種類の調味料に漬け込んだもので、精力増強の効果があるという。それと、ピリ辛腸汁(豚の腸入り辛いスープ)も食してみたい。どちらも国共内戦期に出てきたきりだけど、今でも中国に行けば食べられるのだろうか? 中国料理は漢字を見ただけで美味さが伝わってくるから不思議である。