海外文学読書録

書評と感想

ミシェル・ウエルベック『ある島の可能性』(2005)

★★★

(1) コメディアンのダニエルは世相を皮肉ったショーで一世を風靡し、さらには映画監督としても成功する。金持ちになった彼は貪欲にセックスを求めるのだった。(2) 異常気象によって人類の大半が死滅した未来。ネオ・ヒューマンのダニエルが、自分の遺伝的先祖であるダニエルの人生記に注釈をつける。

〈人生記〉について、具体的なきまりはない。人生のどの時点から書きはじめてもよい。たとえば絵画を観賞するときに、どこから見はじめてもいいのと同じだ。重要なのは、徐々に全体が見えてくることだ。

素粒子』【Amazon】の系譜に連なるSF要素を取り入れた長編。作風としてはまだ一皮剥ける前といった感じだろうか。とはいえ、『地図と領土』に出てくる芸術家、『服従』に出てくるイスラム問題といった、後の作品で重要になる要素は散りばめられている。また、作中でエロヒム教会という新興宗教が大きく取り上げられているけど、これは『ランサローテ島』に出てきたラエリアン・ムーブメントをモデルにしているので、同書を先に読んでいると理解が楽になるかもしれない。

本作では老いによって性的魅力も性的能力も減退し、若い娘たちと弾けることができなくなる悲しみが描かれている。日本人の読者としてはこの辺の機微がいまいちピンとこなかった。というのも、日本だと若い娘とキャッキャウフフしたければキャバクラに行けばいいし、それ以上のサービス、すなわちセックスをしたければソープランドに行けばいいから。金さえあれば質の高い性的サービスは買えるのである。問題は「愛」だけだが、こればかりは時間をかけて築き上げるしかない。だからこの部分の喪失感はよく理解できる(それにしても、自殺することはないだろう)。ともあれ、セックスの問題に関しては風俗産業に乏しい欧米社会ならではという感じがした。

あと気になったのは、ダニエルに趣味らしい趣味がなかったことだ。娯楽に溢れた日本では、スポーツからアニメまでいくらでも趣味に没頭して気を紛らわせることができる。ところが、ヨーロッパには何もないから愛とセックスに明け暮れるしかない。そして、そういった空虚な生活を送っているから怪しげな新興宗教にはまってしまう。これを読んで、実はおたくって人生の勝ち組ではないかと思った。愛とセックスから遠く離れていても、彼らは人生が充実している(ように見える)。ダニエルもせっかく金を持ってるのだから、すべてを使い切る勢いでやりたい放題やればいいのだ。一介の趣味人としてはそう考える。