海外文学読書録

書評と感想

アンソニー・ドーア『すべての見えない光』(2014)

すべての見えない光 (新潮クレスト・ブックス)
 

★★★

(1) ナチス時代のドイツ。孤児の少年ヴェルナーが、才能を認められて国家政治教育学校に入学する。そこでは士官候補生たちが異様な生活を送っていた。(2) 同じ時代のフランス。盲目の少女マリー=ロールが、父に連れられてサン・マロへ疎開する。博物館員の父は、伝説のダイヤモンド〈炎の海〉の守秘にあたっていた。

ヴェルナーには、これまでになにが起きていようと、これからなにが起きようと、そのあいだの空間には目に見えない境界地帯が漂っていて、その片側にはもう知っているもの、反対側にはまだ知らないものがあるように思える。自分のうしろにある町にいるかもしれないし、いないかもしれない少女のことを考える。彼女が溝に沿って杖を走らせる姿を思い浮かべる。見ることのできない目、乱れた髪、輝く顔で、世界に立ち向かっている。(p.431)

ピュリッツァー賞受賞作。

新潮クレスト・ブックスらしい「美しい物語」だった。人間はどれだけに野蛮になれるか、そしてどれだけ善人になれるかの標本箱みたいというか。士官候補生の学校では教官主導のいじめが横行しており、弱い者を排除するという野蛮な教育が行われていた。その一方、ドイツ兵になったヴェルナーはとても善人で、本来だったら心を許していけないフランス人、すなわち盲目の少女マリー=ロールを助けることになる。その前に無線機を通じての「繋がり」が非常にロマンティックで、このシチュエーションを思いついた時点でアンソニー・ドーアは勝利を確信したと思う。

本作は断章形式で書かれているので、息継ぎがしやすくとても読みやすい。内容も「美しい物語」、かつほどほどにサスペンスフルなので、海外文学初心者にお勧めである。ただ、新潮クレスト・ブックスのヘヴィな読者はこういう小説を読み飽きているだろうから、その種の人たちはワンランク上の小説を読んだほうがいいかな。本作は良くも悪くもクレスト・ブックスらしい小説だった。