★★★
私立探偵ニック・ビレーンのもとに、「死の貴婦人」を名乗る女がやってくる。彼女は死んだはずの作家セリーヌを探してほしいという。その後、知人から赤い雀を探すよう依頼され、さらに嫁の浮気調査、果ては宇宙人を追い払う仕事など、次々と依頼が舞い込んでくる。
「あんた、ポン引きか?」
「いえいえ、違いますよ」
「ドラッグの売人?」
「いいえ」
「売人だったら助かるんだが。ちょっとコカインが欲しいんだ」
「私、聖書のセールスマンでして」
「そりゃひでえ!」
「神の言葉を広めようとしてるだけです」
「俺のまわりでそんなクソ広めるなよな」(p.198)
かつて私立探偵小説がパルプ・マガジンと呼ばれる安手の雑誌に掲載されていたことは、ハメットやチャンドラーの読者なら周知の事実だろう。けれども、ここまで真っ向からそのパロディをぶつけてきたのにはまったく驚いてしまった。死神や宇宙人が出てくるところはくだらなくて笑えるし、作品全体を漂うガサツにして粗雑な雰囲気がすごく「パルプ」っぽい。こんなにペーパーバックが似合う激安小説なんて他にあるだろうか? 日本だと筒井康隆が書きそうな小説で、内容のバカバカしさや会話に漏れ出るユーモアなどついニヤけてしまう。ミステリプロパーの読者は、本作をミステリの枠内に囲って「奇書」として崇め奉るべきだ。何でもかんでもSFにくくってしまうSF者を見習って。それくらい画期的でぶっ飛んだ小説である。
本作のざらざらした安っぽさ(もちろん、いい意味で!)は翻訳によるところが大きく、これが柴田元幸最高の訳業と評されるのもよく分かる。僕もその評価には同意だ。文章がポール・オースターの訳者と同一とは思えないほどくだけていて素晴らしい。本作はハメットやチャンドラーが好きな人にお勧めである。