海外文学読書録

書評と感想

ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』(1979)

★★★★★

(1) いじめられっ子のバスチアンが、古本屋から1冊の本を盗み出す。それは『はてしない物語』という本だった。(2) はてしない物語ファンタージエン国では国中に虚無が広がり、さらに幼ごころの君が死にかけていた。少年アトレーユが探索の旅に出る。

バスチアンは、最も偉大なものとか、最も強いものとか、最も賢いものでありたいとは、もはや思わなかった。そういうことは、すべてもう卒業していた。今は、愛されたかった。しかも、善悪、美醜、賢愚、そんなものとは関係なく、自分の欠点のすべてをひっくるめて――というより、むしろ、その欠点ゆえにこそ、あるがままに愛されたかった。(p.518)

バスチアンが「はてしない物語」の世界に入って救世主になる。言ってみれば、『ナルニア国物語』【Amazon】やなろう系ファンタジーのような異世界転移ものである。しかし、これがまた捻った物語で面白かった。当初は俺TUEEE系のご機嫌なファンタジーかと思いきや、途中からにわかに雲行きが怪しくなり、王道ファンタジーの展開をぶち壊しながらも、最後は愛をめぐる感動的な大団円を迎える。こういう読者の価値観を揺さぶってくるファンタジーって、自分のなかでは『ゲド戦記』【Amazon】が筆頭にあったけれど、本作を読んでその順位が一気に書き換えられた。これは本当にすごい小説である。

英雄になろうと奮闘するバスチアンが、『ドラえもん』【Amazon】に出てくるのび太に思えて仕方がなかった。本来はでぶでエックス脚で自己肯定感の低い陰キャなのに、ファンタージエン国に来てからは救世主と崇められ、調子に乗って良いことも悪いこともしてしまう。この世界ではバスチアンはほとんど神のような力を持っていて、自分が英雄になるための困難が自作自演で現れるという次第。こういう現実逃避って読書の究極の形で、だからこそ危うい面もあるのだけど、本作でもそこはきっちりと代償が出てくるから油断ならない。しかも、その代償がとても重要な役割を担っていて、物語に深みを与えている。この構造には感心した。

本作のように本をギミックに使った話は、本好きの琴線に触れるところがあって好ましい。文庫よりもハードカバーで読んだほうがより臨場感が味わえるだろう。本作は今まで読んできたファンタジーとは格が違っていて衝撃的だった。