海外文学読書録

書評と感想

ミシェル・ウエルベック『地図と領土』(2010)

 ★★★★

若い芸術家のジェドが、ミシュラン社の女性と知り合うことで人生が一変する。彼は女性の協力を得て展覧会で成功を収めた後、作家のミシェル・ウエルベックに仕事を依頼するようになる。ジェドはウエルベックと交流しつつ、セレブへの道を駆け上っていくのだった。

これまでの人生で芸術家を目指しているという人間に何人も会ったことがある。皆、両親に養ってもらっていた。そのなかで成功を収めた者はひとりもいなかった。おかしな話さ、表現への欲求、この世に自分の足跡を残したいという欲求は強力なものであるはずだ。ところが一般的にいって、それだけでは十分ではない。いちばんの動機、自分の力を超えたところまで人間を引っぱっていく強烈な力、それはやっぱり、単に金銭的な欲求なんだよ。

ゴンクール賞受賞作。

現代美術の世界を扱った芸術家小説。内容は色々と興味深く、そして面白かった。無名の新人が成り上がっていくためには、こういう階梯を踏んでいくのかという意味で参考になる。現代美術の世界って、作品そのものは大して重要ではなくて、それを説明する言葉が肝心だと常々思っていた。だから僕は胡散臭いと忌み嫌い、現代美術界隈には近づかなかったのだけど、本作ではその内情をあからさまにしていて、ストレートな風刺になっている。この世界はこういうあやふやな理屈で成り立っているんだ、みたいな。

芸術家のジェドだけではなく、ミシェル・ウエルベックの動向も読みどころの一つだろう。何せ作者本人が満を持しての登場である。ウエルベックは自分のことを世界的な有名作家と自認し、フランス国内では敵が多いとしている。セレブらしく華やかな生活を送っているのかと思えばそうでもなく、孤独で風変わりな暮らしをしているようだ。この辺の自己言及の面白さは、大江健三郎の小説に通じるものがあると思う。

著者らしいブラックユーモアにも大いに楽しませてもらった。たとえば、作中でフィリップ・ソレルスが死んだことにされていたり(実際は存命中)、ウエルベックをめぐる第三部での急展開だったり……。けっこうノリノリで書いていることが伝わってくるため、読んでいてニヤけてしまった。