20世紀中国文学お勧め100選(20世紀中文小說100強)

最近、現代中国文学に興味があって、Twitterでその旨をつぶやいたところ、当該分野に造詣が深い方から20世紀中文小說100強というページを教えて頂いた。香港の雑誌社によるランキングらしい。このエントリのタイトルは「20世紀中国文学お勧め100選」となっているが、正確には「中国文学」ではなく、「中国語小説」である(「お勧め」の文言も勝手に追加した)。従って、リストには台湾や香港、東南アジアの小説も含まれている。今回、これを読書の指針にするにあたって、どの作品に日本語訳があるかを調べてみた。結果をここにシェアするので、中国語小説をこれから読もうという方は是非参考にしてほしいと思う。

  1. 魯迅『吶喊』【Amazon
  2. 沈従文「辺境の町」【Amazon
  3. 老舍『駱駝祥子』【Amazon
  4. 張愛玲『傳奇』
  5. 銭鍾書『結婚狂詩曲―囲城』【Amazon
  6. 茅盾『子夜』【Amazon
  7. 白先勇台北人』【Amazon
  8. 巴金『家』【Amazon
  9. 蕭紅『呼蘭河傳』
  10. 劉鶚『老残遊記』【Amazon
  11. 巴金『寒い夜』【Amazon
  12. 魯迅『彷徨』
  13. 李伯元『官場現形記』
  14. 路翎『財主的兒女們』
  15. 陳映真『將軍族』
  16. 郁達夫『沉淪』
  17. 李劼人『死水微瀾』
  18. 莫言『赤い高粱』【Amazon
  19. 趙樹理「小二黒の結婚」【Amazon
  20. 鍾阿城「棋王」【Amazon
  21. 王文興『家變』
  22. 韓少功『馬橋詞典』
  23. 呉濁流『アジアの孤児』【Amazon
  24. 張愛玲『半生緣』
  25. 老舍『四世同堂』【Amazon
  26. 高陽『胡雪巖』
  27. 張恨水『啼笑因縁』【Amazon
  28. 黃春明『兒子的大玩偶』
  29. 金庸 『射鵰英雄伝』【Amazon
  30. 丁玲『莎菲女士的日記』
  31. 金庸鹿鼎記』【Amazon
  32. 曾樸『孽海花』
  33. 賴和『惹事』
  34. 王禎和『嫁妝一牛車』
  35. 柏楊『異域』【Amazon
  36. 唐浩明『曾國藩』
  37. 鍾理和『原鄉人』
  38. 陳忠實『白鹿原』
  39. 王安憶『長恨歌
  40. 李永平『吉陵鎮ものがたり』【Amazon
  41. 王力雄『黄禍』【Amazon
  42. 司馬中原『狂風沙』
  43. 浩然『艷陽天』
  44. 穆時英『公墓』
  45. 李鋭『旧跡』【Amazon
  46. 徐速『星星·月亮·太陽』
  47. 鍾肇政『台灣人三部曲』
  48. 楊絳『風呂』【Amazon
  49. 姜貴『旋風』
  50. 孫犁『荷花澱』
  51. 西西『我城』
  52. 汪曾祺『受戒』
  53. 朱西甯『鐵漿』
  54. 朱天文『世紀末の華やぎ』【Amazon
  55. 還珠樓主『蜀山劍俠傳』
  56. 於梨華『又見棕櫚,又見棕櫚』
  57. 賈平凹『浮躁』
  58. 王蒙『組織部新來的年輕人』
  59. 徐枕亞『玉梨魂』
  60. 施叔青『香港三部曲』
  61. 林語堂『北京好日』【Amazon
  62. 葉聖陶『倪煥之』
  63. 許地山『春桃』
  64. 聶華苓『桑青與桃紅』
  65. 王藍『藍與黑』
  66. 柔石『二月』
  67. 徐訏『風蕭蕭』
  68. 古華『芙蓉鎮』【Amazon
  69. 臺靜農『地之子』
  70. 林海音『城南旧事』【Amazon
  71. 張煒『古船』
  72. 劉以鬯『酒徒』
  73. 鹿橋『未央歌』
  74. 張潔『沉重的翅膀』
  75. 師陀『果園城記』
  76. 戴厚英『ああ、人間よ』【Amazon
  77. 小波『黄金時代』【Amazon
  78. 劉恆『狗日的糧食』
  79. 張系國『棋王
  80. 黄凡「頼索氏の困惑」【Amazon
  81. 蘇童「離婚指南」【Amazon
  82. 李碧華『さらば、わが愛覇王別姫』【Amazon
  83. 李昂『夫殺し』【Amazon
  84. 古龍『楚留香』【Amazon
  85. 瓊瑤『窗外』
  86. 蘇偉貞『沈黙の島』【Amazon
  87. 梁羽生『白髮魔女傳』
  88. 朱天心『古都』【Amazon
  89. 陳若曦『尹縣長』
  90. 張大春『四喜憂國』
  91. 亦舒『喜寶』
  92. 張賢亮『男の半分は女』【Amazon
  93. 施蟄存『將軍底頭』
  94. 倪匡『藍血人』
  95. 吳趼人『二十年目睹之怪現狀』
  96. 余華『活きる』【Amazon
  97. 馬原『岡底斯的誘惑』
  98. 林斤瀾『十年十意』
  99. 無名氏『北極風情畫』
  100. 二月河『雍正皇帝』

個人的には、日本で有名な鄭義や残雪の名前がないのが意外だった。中国語小説にはそれだけ分厚い層があるということだろうか。

呉明益『歩道橋の魔術師』(2011)

歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)

歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)

 

★★★★

短編集。「歩道橋の魔術師」、「九十九階」、「石獅子は覚えている」、「ギラギラと太陽が照りつける道にゾウがいた」、「ギター弾きの恋」、「金魚」、「鳥を飼う」、「唐さんの仕立屋」、「光は流れる水のように」、「レインツリーの魔術師」の10編。

魔術師とますます仲良くなったので、誰もいないときを見計らって、ぼくは黒い小人の秘密を教えてくれと何度もせがんだ。魔術師は小人のときだけは厳しく言った。

「小僧、いいか。わたしのマジックはどれも嘘だ。でも、この黒い小人だけは本当だ。本当だから、言えない。本当だから、ほかのマジックと違って、秘密なんてないんだ」(21)

想像以上にモダンでシンプルな短編集で驚いた。どれも台北の中華商場に関係した連作で、歩道橋の魔術師が作中に出てきてはアクセントをつけている。この魔術師、歩道橋で手品をして見物に来ている子供たちに手品グッズを販売しているのだけど、歩道橋の欄干を透明にしたり、双子の片割れをノートに閉じ込めたり、どさくさに紛れて超現実的な魔術を披露している。こういうあり得ないことをしれっと書くところが小説の面白さで、フィクションとは元来「嘘」を表現するものなんだよなと思いを巡らせてしまう。しかもこの超魔術、連作の最後に意表を突いた転回を見せるのだから何とも言えない。全体として、子供時代の回想を通して詩情を感じさせる短編が多かったけれど、その反面、なかなか人を食ったところもあって、その混ざり具合がいかにも現代小説という感じがした。

台湾人の生活が垣間見えるところも興味深かった。今まで台湾を舞台にした小説は東山彰良『流』【Amazon】しか読んだことがなかったので、てっきり本作もバイタリティ溢れる荒々しい生活が活写されるものだと思っていた。ところが、案に相違して彼らの生活は穏やかで、そしてささやかで、先進国とあまり変わらないところに驚く。印象としては、中国よりも昭和の日本にちょっと近いかなという感じ。本書を読んで、新たな台湾人像が僕の脳内にインプットされた。

本書は飛び抜けて良い短編もなければ悪い短編もなく、平均値が高くて安心して楽しむことができる。訳文も平易ですらすら読めるのが良い。最近の台湾を肌で感じられたのが収穫だった。

カリンティ・フェレンツ『エペペ』(1970)

エペペ

エペペ

 

★★★★

言語学者のブダイはヘルシンキ行きの飛行機に乗ったつもりが、間違って別の便に乗ってしまい、見知らぬ土地で降ろされてしまう。そこはやたらと行列ができる人口密集都市で、ブダイの知らない謎の言語が使われていた。人々は外国語を理解せず、言葉が一切通じない。ブダイは都市を探索して何とか状況を打開しようとする。

彼は憤怒のあまり、ナイトスタンドのガラス製の笠を、力いっぱい床に叩きつけた。するとそれは床に飛びちり、彼は右手を切ってしまった。おびただしい出血だった。手の周りにハンカチを巻き、さらにタオルを巻きつけたが、そこからも血は滲み出てくるのだった。彼はこの都市を憎んだ。なぜなら、この都市はありとあらゆる角度から彼を痛めつけ、傷つけようとしているし、性格の変容を彼に迫ってくるからだった。なぜなら、この都市は彼の身柄を幽閉し、脱出させようとはしないからだった。なぜなら、この都市は彼の血と精魂とを吸い尽してしまったからだった……。(84)

これは硬派な不条理文学ですごかった。なぜ硬派なのかというと、言葉が通じないためほとんど会話文がなく、地の文がひたすら続くからである。意味のある会話文は全部合わせても10行以下だろうか。ブダイは言語学者だけあって、ヨーロッパの諸言語はもとより、トルコ語ペルシャ語古代ギリシャ語まで操ることができる。そのうえ、中国語や日本語の素養もあって、まさに言語のエキスパートといったところだ。しかし、そんな完璧超人でもこの都市では無力であり、現地の人たちが何を話しているのかさっぱり分からない。同様に、文字を見ても何を意味するのかさっぱり分からない。パスポートはホテルのフロントが預かったまま返してくれないうえ、空港へどうやって戻るかも見当がつかない。ブダイはあらゆる手段を駆使して言語の解読に奮闘する。本作は紙幅の大半がその様子に費やされていて、これからどうなるのか気になりながら読んだ。

というわけで、ブダイが状況に抗う様が本作の読みどころだろう。売春婦と2人きりになって意思の疎通をはかるも失敗、警官に暴力をふるって連行されれば通訳がつくだろうと目論んで実行するも失敗。そうこうしているうちに時は過ぎて金もなくなっていく……。こんな八方塞がりな状況って滅多にないのではなかろうか? といっても、かすかに希望はあって、エレベーターガールと心を通わせたり、地下鉄で同国人を見かけたりはする。ところが、それらは根本的な解決には繋がらず、遂には予期せぬ動乱に巻き込まれてしまう。死線をくぐり抜けた先が実にさわやかで、たとえるなら春先に芽を出した植物を見つけたような気分になった。ブダイの決して諦めない態度が素晴らしい。不条理文学もたまには読んでみるものだなと思った。

賈平凹『廃都』(1993)

廃都〈上〉

廃都〈上〉

 

★★★★

1980年代の西京。周敏が人妻の唐児を伴って潼関から駆け落ちしてくる。文章で身を立てたい周敏は、教授の孟雲房に大作家の荘之蝶を紹介してもらい、彼に雑誌社の編集部に職を斡旋してもらう。やがて荘之蝶は唐児と不倫し、周敏は荘之蝶をネタにした記事で筆禍を巻き起こす。

荘之蝶は女に接吻して言った。「だったら笑っておくれ」。女はそのことばどおりに笑った。二人はあらためて抱き合って、ベッドに転がった。荘之蝶がまたものしかかると、女が言った。「またできるの?」。荘之蝶が言った。「できる。ほんとにできるんだ!」□□□□□□(作者、五百十七字削除)。(上247)

西京は西安がモデルの地方都市で、四方が城壁で囲まれている。今まで読んできた中国文学は、どれも田舎を舞台にした小説ばかりだったけれど、都市を舞台にしたものもそんなに印象は変わらなくて、中国人の本質はどこに住んでいても同じだなと思った。誰も彼もが一人前の弁論家で、思ったことをオブラートに包まず口に出し、男も女も当たり前のように罵り合う。自分の利益を守るには言葉がすべて、時には相手を丸め込めようと作り話を拵える。各々が言いたいことを遠慮なく何でも吐き出すという世界観がすごく新鮮。さらに生活もソフィスティケートされておらず、みんな都市に住む田舎者といった印象だけど、実はそこが魅力的でついついのめり込んでしまう。空気を読むことに慣れきった日本人には、この剥き出しの人間関係はなかなか衝撃的だったりするのだ。よく中国人は日本人のことを虚礼がどうのって批判するけれど、本作を読んでその意味が分かったような気がする。

主人公の荘之蝶は最初出てきたときは気さくな良い人っぽかったのに(牛の腹の下で四つん這いになって乳を吸うところがポイント高い)、女関係についてはだらしがなくて、唐児を中心に複数の女と情事を重ねていく。彼は風采はあがらないものの、有名人だけあってモテモテで、そのあまりの色男ぶりにどこかエロゲのテキストを読んでいる気分になる。本作は過激な性描写を理由に中国で発禁処分になったそうだけど、濡れ場のたびにいちいち伏せ字が入るのはギャグにしか思えない。ともあれ、これらの情事によって何人かの人生が台無しになり、最終的にはこの世が男社会であることが暴かれるのだから、深いと言えば深いのである。いくら男女間で公然と罵り合っても、その間にある見えない不平等は埋まらない。本作を読んで、この世界の残酷さの一端を垣間見たような気がした。

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ニコス・カザンザキス『その男ゾルバ』(1943)

その男ゾルバ (東欧の文学)

その男ゾルバ (東欧の文学)

 

★★★

作家の「私」はクレタ島へ向かう船内で、ゾルバという労働者風の男と出会う。ゾルバに島へ一緒に連れていってくれるよう頼まれた「私」は、彼を自分が所有する炭鉱の現場監督に任命する。2人は島で共同生活を送るのだった。

私にはよく分かった。ゾルバこそ、私が長い間探して見つけることが出来ないでいた男なのだ。生きた心の持ち主で、大きな飽くことを知らない口、偉大な野蛮な魂、母なる大地から、未だ切り離されてない男であった。(40)

インテリと労働者という異文化コミュニケーションの魅力がたっぷり詰まった小説だった。作家の「私」はインテリらしく本の虫で、人生に対してどこか受動的なところがあるのだけど、ゾルバはそれとはまったく正反対で、「人生とは面倒を求めること」と言いながら能動的な生を送っている。ゾルバは開けっぴろげな田舎者といった感じでずばずば物を言うし、人生経験――とりわけ女性経験――が豊富で、出会った女たちを片っ端から口説いてはモノにしている。「私」が草食系男子だとすれば、ゾルバは肉食系男子なのだ。個人的に、インテリがこういう自由人にコロリと参ってしまう気持ちはよく分かるから困る。中小企業の叩き上げ社長みたいな魅力というか。ネットの世界でも、ニコ生やツイキャスの雑談配信者(その多くは社会の底辺にいるスペックの低いおじさん)を小金持ちがタニマチになって金銭的に支援していることがあるけれど、そのタニマチ連中も画面の向こうにいる強烈な野生に参ってしまったのだろう。人が人に魅力を感じるのには大きく2つの理由があって、自分と共通点があるから惹かれることもあれば、自分にないものを持っているから惹かれることもある。「私」とゾルバは後者のパターンで、読んでいるこちらも「ゾルバみたいな友達がいたらさぞ刺激的で楽しいだろう」と思ってしまう。本作は、快男児ゾルバの魅力を存分に堪能する小説、と言えるかもしれない。

それにしても、本作は女たちの末路が酷かった。作中にはマダム・オルタンスという宿屋の女主人と、村外れに住む後家女の2人の女性が出てくるのだけど、結局は両者とも死んでしまう。前者はゾルバと結婚の約束までした女で、死因は病死だからまだいい(といっても、その死はいささか唐突)。問題は後家女の最後。彼女は村人たちから逆恨みを受けて首を切られてしまうのだった。後家女が村の若者の求愛を断り、若者がそれを気に病んで自殺、村人たちはその死を後家女のせいだとして殺しにかかるのだからたまったものではない。男はどこに住んでいても自由に生きられるけど、女はそうはいかないんだなあと戦々恐々としたのだった。

イスマイル・カダレ『夢宮殿』(1981)

夢宮殿 (創元ライブラリ)

夢宮殿 (創元ライブラリ)

 

★★★

オスマン・トルコ帝国。アルバニアの名門出のマルク=アレムは、秘密機関の<夢宮殿>に奉職することになる。そこでは国民たちの夢を収集・分析し、帝国の将来に関わる重大な出来事に対処していた。マルク=アレムは短期間で順調に出世していく。

彼はこうしていっとき懐疑的な気分に囚われていたが、そのあいだにも手にしたペンはしだいに重くなり、下がりに下がってとうとう紙に当たると、アルバニアという地名のかわりに<向こう>と書きつけた。彼は故国の名にとってかわったこの言い回しを眺めて、たちどころにずっしりくるものを感じとった。彼の意識はとたんにこの重さをキョプリュリュ的悲しみと形容し、この表現は世界のいかなる言語にも見当たらないが、あらゆる言語に導入されてしかるべきだと思ったのである。(231-2)。

著者はアルバニアの作家で、本書はフランス語からの重訳。

カフカを彷彿とさせる何とも言えない雰囲気の小説だった。<夢宮殿>という謎めいた官僚機構がまさにカフカ的世界といった感じで、主人公のマルク=アレムは何らかの見えない思惑で出世していく。イスマイル・カダレの小説はこれで邦訳されているぶんは全部読んだけれど、こういう浮世離れした世界観は初めてだったかもしれない。だいたい著者の小説ってアルバニアの風習が前面に出てくるので、そういうのが抑えめの本作はかなり異質な感じがする。本作だとアルバニアは帝国の一地方に過ぎず、一族は<大臣>を出すほどには権勢を振るっているものの、ある事件を機に主人公のアルバニア人としてのアイデンティティは雲散霧消してしまう。著者は様々な角度からアルバニアを描いている人なので、これはこれでパズルのピースを新たに手に入れたという感じだった。

マルク=アレムは慎重というよりはむしろ小心者で、夢を解釈するにも保身が働き、上司がどう思うか忖度して仕事をする。この辺の官僚っぽさが本作の魅力であり、なおかつストーリー上で重要な役割を果たすことになる。マルク=アレムと深く関わってくるある夢が、一族に悲劇をもたらすという筋書きは何とも皮肉で、これってちゃんと大きな動きのある小説なんだなって意外にも思った。てっきり<夢宮殿>での官僚的日々が延々と続くと予想していたので、いい意味でそれを裏切られたのである。本作はカフカの系譜に連なる小説として忘れがたい印象を残す作品だった。

キャシー・アッカー『ドン・キホーテ』(1986)

ドン・キホーテ (WRITERS X)

ドン・キホーテ (WRITERS X)

 

★★

中絶手術を目前にして発狂した女はドン・キホーテになり、犬になった聖シメオンをお供に奇妙な冒険をする。ドン・キホーテは66歳、聖シメオンは44歳。彼女は愛を求めながらも様々な社会制度に立ち向かっていくのだった。

「信心深い白人の男たちが女たちを憎むのは、彼らが女を聖母マリアのイメージに仕立てているからです」と夜士は結論した。彼女は、一人として愛してくれる男がいなかったので悲しかった。(238)

著者は女バロウズと呼ばれているようだけど、確かによく分からない小説だった。フェミニズムの意匠を身にまとい、カットアップというコピペ芸を駆使し、筋を追うのが困難な強烈なオブセッションを撒き散らす。正直言って、この小説をどう評価すべきか見当もつかないし、そもそもきちんと読解したような手応えもない。ただひたすら文字を追っていくのに精一杯だった。世の中にはこんな意味不明な小説があるのだなあ、と敗北感に打ちのめされている。このわけ分からない狂気は本家ドン・キホーテよりもドン・キホーテっぽいし、作中作が出てくるところもドン・キホーテっぽい。だから『ドン・キホーテ』【Amazon】と比較・対照する読み方もあるのだろうけど、個人的にはその方面でもお手上げかなと思った。本作についてはもう全面的に降伏するしかない。

あまり人に勧めづらい小説だけど、とりあえず書き出しが良かったので、これに興味をおぼえた人は一読してみるといいかもしれない。

中絶手術を目前にしてついに発狂した彼女は、女ならだれでも考えつく最もキチガイじみたことを思いついた。愛することである。女はどのように愛することができるのだろうか? 自分以外の誰かを愛することによって、彼女は別の人を愛するだろう。別の人を愛することによって、彼女はあらゆる種類の政治的、社会的、個人的悪事を正すだろう――そういった危険極まる状況に我が身を挺する栄光ある彼女の名は、世に轟き渡るであろう。堕胎は今まさに始まろうとしていた――(7)

というわけで、本作はわけ分からない小説を読みたい人にお勧め。文学の懐の深さを感じることができる……かもしれない。